欧州帝国と戦った連合国は異世界に転移する。
この混沌たる世界において、彼らは何を望み、何を目指すのか。
「……連合国があの悲惨な戦争に勝利をして、今年で60年になりますな。首相」
「ええ。我が国と日本国、それにアメリカ合衆国を始めとした全連合国の協力と数々の作戦の成功、そして粘り強さがもたらした勝利ですわ。大統領閣下」
21世紀になり、新たに建造された新大統領府官邸の大統領執務室。窓に差し込む日光が日本国国旗を照らし、国産の木材で作られた机に色良く反射する。広い室内でテーブルを挟み、通訳を交えない2人きりの会話を行なっているのは日本国大統領の大高春嶽とイギリス首相のヘーゼル・サッチャーだ。
9月にも関わらず真夏の刺すような日差しに照らされる首都瑞穂の街を眺めていたサッチャーは、残夏にしては相応しすぎる青色のスーツを光らせ大高の方を振り返る。
彼女が見ていた執務室から見える瑞穂の街並みは、第三次世界大戦後に行われた第二次首都機能改造計画で簡素なものだ。緑豊かな大地に低階層の建物が丁寧に並んでいる。前世東京のような、高層ビルが乱立しているわけではない。政治・経済・軍の中枢が東京へ一極集中することを恐れた、日本国初代大統領である大高弥三郎発案の首都改造計画による大規模改革による大規模整地によるものだ。
第二次世界大戦後、日本政府は行政・軍の指揮系統は瑞穂に、立法機関は東京に留め、経済機能は伊勢州の名古屋、築豊州の福岡、道央州の札幌、琵琶州の大阪、琉球州の那覇など、各州の州都及び各地主要都市に分散させた。全国に満遍なく利潤が循環させることが目的であり、災害や紛争時に国の機能が著しく低下させないことも目的とされた。また、各省庁の予備施設及び緊急時における官邸予備機能を備えた地下基地、国防軍の司令部なども各地に点在させ、特に官邸予備機能を備える地下司令基地は某アニメの巨大基地のような機能を持っている。
「日本一不便な都市」を掲げて整備された首都瑞穂は、アメリカのワシントンD.Cやイギリスのロンドンとは異なり、実務能力を優先させた首都として機能していたのだ。
「あなたの大叔父様が残してくださった日英同盟がこうして継続されているのも、英国と日本国両国民の理解や、世界連邦政府構想の下での各国の協調姿勢があるからこそですわ」
「……あの戦争によってユーラシア・アフリカ大陸を始め、世界各地が荒廃し多くの人命が犠牲になりました。私も家族に話を聞かされて以来、戦争というものは人々の生活を根こそぎ破壊し、そのあとは何も残さないということが嫌というほど身に染みて感じました。力によってもたらされる平和は、新たな禍根を残すだけです。私は、私の任期中に戦争が起こってほしくないと願うばかりです。この世界、いや未来の子供たちのためにも」
「私も同感です。ですが、いつの時代も人類の争いは尽きないのが世の常。世界情勢がきな臭いことも大統領閣下はご承知のはず。特に最近の中東情勢や東南アジア情勢は」
大高とサッチャーはこれから行われる日英同盟締結75周年の記念式典を控えていたのだが、2人の話題は別のものだ。彼らの脳裏にちらつくのは最近の中東諸国の緊張の高ぶりや、南シナ海の領有権を巡っての人民中国と東南アジア諸国の対立だった。
イスラームの宗派対立に端を発したサウジアラビアとイランの緊張は近年高まっており、独裁政権を敷いていたイラクに国連軍が介入したことで勃発した後世湾岸戦争以降、混沌を極める中東地域は「21世紀の火薬庫」として各国が警戒していた。当時の多国籍軍の主体はアメリカ軍であったが、国連憲章に基づいた米大統領からの強い要請を受け、安保理常任理事国である日本やイギリスも後方支援や復興支援として軍を派遣していた。が、その後の復興事業が遅々として進まなかった過去がある以上、再び中東で大規模紛争が起こった際に介入するのは大高もサッチャーも躊躇せざるを得ない。
また南シナ海を巡る情勢悪化は東シナ海を挟む日本にとっての一大事だった。中国北部を支配する人民中国と南部を支配する中華中国との対立は第三次世界大戦後に再び勃発し、かつて世界大戦時の対独共同戦線を行うほど良好だった両者の関係性は失われつつあった。中華中国と人民中国の「冷たい戦争」と称される国境での睨み合いを繰り広げている最中、中華中国軍が南シナ海に軍事基地を建設し、周辺諸国への圧力を強めていることがフィリピンからのリークによって明らかとなった。
両中国の影響力をもろに受ける東南アジア諸国や、二つの中国と是々非々な関係を構築しているインド、政情不安定化による被害を最も被るであろうチベットやウイグル、国境を接する大韓国や台湾、そしてインド太平洋一帯の安全保障を重要視する日本やアメリカにとって、この緊張の高まりは無視できないものになりつつある。近く、両中国の外相と日本の外務大臣による緊急会合が予定されているが、両者の溝は深く事態打開は望めていない。
「両中国には自制を促していますが、果たしてどれほどの効き目があるか。それすら分からないのです。最も彼らは何より外部からの干渉を望まない傾向があります。我が国としては付かず離れずの現状を維持する方針を取るつもりですが」
「賢明な判断だと思います。先日、北京で行われた亜細亜国連会議も紛糾しましたから。イギリス政府としても過度な干渉はしないつもりですわ。近く行われる国連総会でも事態打開に向けて、何かしらの進展を望めればいいのですが」
「亜細亜の獅子であり、文明の中心としての中国を統一するのは、色々と混乱を招きますからな。時をかけねば問題の根本を変えることすら叶いません。最も、国連安保理も首脳会議も問題解決のための機能を十分に果たせずにいるのは認めなければなりませんが」
お茶を啜る大高の表情は険しい。一つの中国を完成させることは中華民族の悲願であり、彼もそれには理解を示している。
しかし懸念もある。巨大市場を持つ統一中国が東アジアに台頭してくることはまだいい。しかし、中華思想に基づいて、現在の国際秩序に挑戦し覇権を窺うような軍事行動は、世界各国の平和を乱すことになり、それを大高やサッチャーは懸念していた。
現在の国際秩序は共同体となりつつある亜細亜、統合が進むヨーロッパ、亜細亜・ヨーロッパに対抗できる経済・金融力を持った新大陸、連邦的要素を持ち始めているアフリカ大陸国家群の4グループによる緩やかな世界連邦が築かれている状態だ。そこに安全保障上の脅威が現れれば、国連は当該国を除名・制裁に踏み切ることが国連憲章で定められている。無論、日本も国連常任理事国の一員として、世界秩序を守るためにありとあらゆる行動を取る用意は常にしてきた。
日本政府の方針でもあるが、隣人であり、長く亜細亜を引っ張ってきた中国への介入は大高も望んでいない。が、中国権益の損失を恐れるアメリカは再び中国への介入を強めており、中華中国に隣接するウイグルやチベットの状況も緊迫化している。大高としては現状維持を促すことしかできない。
「ロンとも話しましたが、彼も中国への過大な介入は事態の悪化を招くだけと言っていました。それでも合衆国が中国への支援を強化しているのも事実。果たして、彼の真意はどうなのでしょう」
「米国とて、不用意に中国大陸に首を突っ込む事はしないでしょう。キューバにて社会主義革命が起こった際も、あの国は特に介入はしませんでしたからな。最も、それは国連による厳格な内政干渉の禁止を規定しているのもあるでしょうが」
「キューバ……ゲバラとカストロが率いる社会主義国家ですね。大統領は両者と友好的な関係を築けているとか」
「彼らは芯がしっかりしています。何事にもめげぬタフさと祖国愛があり、ユーモア、隣人愛もある。私は彼らの事を好いていますし、彼らも好いてくれていると願っています。サッチャー首相はどう思われているのですかな?」
「二人はとてもタフガイで、良いビジネスパートナーとなるとは私も考えています。が、あのフォークランド紛争の際の対応は、受け入れられないものがあります」
この後世世界においても、イギリスとアルゼンチンとの間でフォークランド紛争が発生していた。しかし、この件について安保理常任理事国であった日本、フランスは即座に中立を宣言し、自国の裏庭で起こった紛争にも関わらずアメリカも中立を保った。同じく領土問題を抱える中華中国はイギリス支持を打ち出したものの、人民中国、他のヨーロッパ諸国やロシア連邦、アフリカ国家は反対を打ち出し、結果としてイギリスは国際社会の指示をほとんど得ることなく、アルゼンチンとの武力紛争に突入した。無論、キューバは明確にイギリスに対して反対を表した。
一歩も引かなかったイギリスは外交調停の失敗によって開戦したものの、その直後に国連が介入したことで強制的に終結し、諸島はイギリス所有の現状維持を認める白紙講和が結ばれていた。
「あの紛争は私も国会で議員をやっていた頃に起きましたから、記憶に新しい事です。私としては平和的に解決をして欲しかったのですが……時の首相であるニース氏は開戦を決議しました。あれは大変な驚きでした」
目を細めて言う大高にサッチャーは向かい合った。
「大統領閣下、私はあの紛争は正しかったという認識に今も変わりはありません。我々は領土を奪取せんとする者には、断固として戦うことを国の矜持としてきました。それは例え内閣が変わろうとも変わるものではありません」
「首相の覚悟は理解しているつもりです。ですが、それが亜細亜に飛び火するのも避けたい。現にあの紛争への対応をめぐって両中国は二つに割れました。私としては小さな火種が大火となることには絶対に反対なのです。小さな理由で始まった戦争が、世界規模の大戦争になる事は歴史が証明しています。私としては如何なる紛争においても平和的に解決する事を望んでいます」
両者が今後の世界情勢について意見を述べあい、式典への準備を整えているとふと空を見つめていた大高が突如として立ち上がった。
「大統領?」
サッチャーが怪訝そうに見つめる中、大高は眉を険しくする。彼は空が一瞬明るくなったような錯覚を覚えたのだ。
「首相、これは……」
何か言いかけた大高は、胸に入れておいたスマホのアラーム音の響きで中断させられた。大規模災害や紛争が起こった際、国民に非常事態を知らせる無機質なアラーム音が今鳴っているのだ。幾度となく震災に見舞われる日本では聞き慣れた音だが、地震とは縁がないサッチャーにとっては不安を煽る音に聞こえ、彼女は何か言い表せない恐怖に襲われた。
「首相!身を伏せてください!」
大高の大声と共に大統領官邸は震度4の地震に襲われた。
突如として眩しい閃光の直後、東京と同じように震度4の地震に襲われたアメリカ・ワシントンD.C。ホワイトハウス2階のマスターベットルームで眠っていたアメリカ大統領ドワイド・D・リーガンは経験したことのない大きな揺れに襲われ、目を覚ました。
窓がガタガタと音を立てて揺れ、天井に吊るされたシャンデリアは大きく揺さぶられ、電気スタンドは小刻みに揺れる。棚に飾られた装飾品の幾つかが床に落ち、丁寧に整頓された本類が棚から落ちていく。
「あ、あなた……」
「……大丈夫。俺がついてるから」
隣で眠っていた妻を抱き寄せながら揺れが収まるのを待つリーガン。揺れが収まると共に飛びごんできたシークレット・サービスの面々にすぐに上着を着せられ、大統領は部屋から連れ出された。眠い目を擦りながら歩く彼が見たのは、国旗や大統領旗、電気スタンド、照明器具、装飾品、絵画、展示品が倒れ散乱するホワイトハウスの見慣れた廊下だった。
「状況は?どうなってる!?」
訳も分からず混乱するリーガンに状況を説明できる者はシークレット・サービスにはいない。答えを求めても返ってくることはない。それを認識できないわけではないが、それでも思わず声を荒げるほどリーガンは動転していた。
と、そこへ当直であった秘書官が到着し、状況説明を行う。
「遅れて申し訳ありません、大統領閣下。現在アメリカ全土で震度4から5の揺れを観測しているとの第一報が入っており、国防総省並びに国土安全保障省、
「揺れが起きたことは私も承知だ。それにしてはあまりにも遅くないか?各省庁の情報収集機能はどうなってる?地震発生直後とはいえ、そろそろ詳細な知らせがこっちに入っていてもおかしくないだろう」
「それが……衛星の信号がロストしているため思うように、情報収集が上手くいかないのです」
「……何だと?」
シークレット・サービスに同行していたホワイトハウス常駐の
まさか中華中国からの大規模EMP攻撃の可能性があるというのだろうか。リーガンは数多の重大事態に陥るシミュレーションの中での最悪の可能性を考慮した。
「もう一度聞く。全ての衛星がか?」
「はい。軍事・民間問わず全ての信号がロストしています。並びに関係各国との連絡も途絶しており、国務省も混乱しているとの報告が入っております。また国防総省からもNATO及び
「…‥そうか、ご苦労だった。とにかく、今生きている回線が途絶えないよう全力で守れ。ーーおい、首席補佐官と国家安全保障担当の補佐官は自宅か?」
「はい。両名とも昨夜自宅にお帰りになっていますが……」
「ならば、すぐに叩き起こしてこっちに来させろ!国家の根底を揺さぶる緊急事態が発生したとでも伝えて、寝床から引きずり出すんだ」
自宅で休息中であるはずの二人の補佐官を緊急招集するよう要請された当直の次席補佐官は、すぐにスタッフルームに駆けていく。
(これは……いかんな。まさか、俺の任期中にこのような事態が起こるとは。全く、ついてないものだ)
「おい、大至急閣僚を集めろ。緊急の
大統領の要請を受け、先ほどとは別の大統領補佐官はすぐに会議室と情報管理センターの機能を兼ねるシチュエーションルームに走った。妻と別室で待機していた軍事補佐官を引き連れ、リーガンも遅れシチュエーションルームのあるウエストウイングに向かう。
同様の現象はサッチャーが首相を務めるイギリスの首都ロンドンでも見られた。最高責任者であるサッチャーが日本外遊で不在のため、臨時の指揮を副首相にあたる筆頭国務大臣を務める財務大臣ウィリアム・ウォルポールがとることになる。
自宅で寝ていたウォルポールは突如の眩い閃光で目を覚まし、続いてやってきた震度4の地震で完全に覚醒すると寝巻きのまま、スーツを車に放り込みロンドンのダウニング10番街にある首相官邸まで公用車を走らせ、官邸に滑り込んでいた。
既に地震の騒ぎでロンドンのあちこちで混乱が起きており、時折煙も暗闇に紛れて見える。ビッグベンで有名なウエストミンスター宮殿を通り過ぎる際、ウォルポールの目にはガラスや装飾品が地面に散乱する無残な姿が目に映った。ダウニング10番街の前には既にマスコミが押し寄せていたが、彼らの問いかけに答えることなく官邸入りしたウォルポールはマスコミの前に自らの寝巻き姿を晒したことを恥ずかしがる余裕もない。
「状況は?」
洗面所で着替えたスーツに着替えたウォルポールはすぐに地下にある会議室に入り、秘書官に説明を促した。
「は。現在、
「
「あちらも何とも言えないそうです。何せ、国内の通信が混乱しており各警察署、消防署共にてんてこ舞いでして……。CCSが機能を果たせずにいます。加えて、現在、サッチャー首相がいると思われる日本国やアメリカとも連絡ができない状況でして」
「何だと?衛星があるだろう、海底ケーブルも。あれを使って通信できないのか?それともそれほどまでに深刻な状況に陥っているのか?」
「深刻でもありますし、被害も出ております。ロンドンでも多数の重要文化財が損傷し、各地で交通混乱や火災が発生しております。現状、詳しい被害状況は確認できておりません。ですが、それ以上に厄介なことが一つありまして……衛星からの信号が全てロストしました」
秘書官の言葉に思わずウォルポールは足を止め、絶句する。衛星からの信号全ロストなど前代未聞の事態であり、災害対応用のどの対応マニュアルも想定していない事態だ。敵国からの攻撃対処用に作られた戦時下のマニュアルを秘書官に持って来させたウォルポールは、EMP攻撃の可能性も含めて対応することにした。
「直ちに外務・連邦大臣、国防大臣、内務大臣を参集させ、ブリーフィングルームで対策会議を開く。それとサッチャー首相のいる日本国へ大至急、連絡がつくように何とかしろ。このまま首相不在のままでは国民の動揺が更に広がることになる。それと、王室の方々の安否が心配だ。至急宮殿に確認してくれ」
乱暴に秘書官に命令すると、ウォルポールはコップの水を飲み干す。どうにかなることでもないが、何かをしていないと落ち着いていられない。まさか自分の任期中にこのような最悪な事態に見舞われるとは。筆頭国務大臣とは所詮、名ばかりの職と考えていたことへの罰なのか。
無事に任期を過ごしたかったウォルポールは、神を睨まずにはいられなかった。
ロンドンより約1時間時間が進んでいたフランスの首都パリ。
エリゼ宮の寝室で就寝していたフランス大統領フレデリック・ミッテランは閃光そのものには気付かず、そのまま眠っていたが、直後に襲来した震度5の地震に叩き起こされた。訳も分からず、自室で右往左往していた彼であったが、その直後にやってきた秘書官に半ば強引に連れられるように地下にある危機管理本部に連れられ、同時に事態の深刻さに頭を抱えた。
「大統領、DSCの第一報ですが以下の通りで、各通信機能が喪失及び全ての人工衛星回線が消失しています。現在、ドーバー海峡を挟んでイギリスとは連絡が取れていますが、それ以外のヨーロッパ諸国、及びその他各国との通信も途絶しています」
「……では何かね?NATOやEU本部、更には国連本部にも連絡がつかないと言うことかね?」
「仰る通りです。加えて、地震による被害も大きくパリ市内でも少なからず被害は出ております」
寝巻きからスーツ姿に着替えたミッテランは眠い目を擦りながら、半覚醒状態の頭をどうにかフル回転させ当直秘書官の言葉を聞いていた。
67歳という高齢の為、このような事態は彼にとっても負担になることなのだが、国家存亡の危機においては仕方のないことだと彼は割り切っていた。
「現在、内務大臣が官邸に急行しており、また各県や管区の責任者が対応にあたっているという報告も徐々に入ってきております」
「うーむ……なかなかどうして、大変なことになっているようだな。分かった、各県の対応については知事や管区長に一任する。政府としては、要請があれば直ちに必要な資源を供給できるように内務省に伝達してくれ。あ、あと関係各省の大臣も至急こっちに呼び出してくれ。対策会議を開かなければならんからな」
不定期更新です。
書きたいと思った時に書きます。
G7広島サミット記念に書いてみました。