アメリカ合衆国大統領 ロナルド・レーガン
ロウリア王国東方征伐軍 司令部
「……何だと!?」
副将アデムは、報告に来た軍の通信隊員を怒鳴りつける。
「魔導師から魔信を送っていますが、東部諸侯団先遣隊からの返事がありません。また未確認情報でなのですが、工業都市ビーズルに国連軍の鉄竜が来襲。降伏勧告の旨を記載したビラを撒いたとのことです」
東部諸侯団先遣隊2万の消失。そしてビーズルへの敵騎侵入。特に先遣隊に関しては2万の兵を投入していたことから、そう簡単に全滅したとは考えられなかった。
「クソ……飛竜偵察隊は何をしている?敵騎の侵入を許してばかりではないか!役に立たない無能は教育だ!教育教育教育!死刑死刑死刑死刑!!」
アデムは上空支援兼偵察として、ワイバーン12騎をギムへ向け放っていた。
「アデム副将、どうか落ち着いてください。間もなく偵察隊が東部諸侯団が消息を絶った付近の上空に達します」
ロウリ王国 竜騎士団所属 東方征伐軍飛竜小隊
「そろそろ目的地か……」
ギム周辺の偵察隊12騎は、先日騎馬隊が消えたという地点で散開していた。この小隊の隊員であるムーラは、先遣隊として出陣した東部諸侯団が消息を絶った付近の担当を割り当てられている。
突如として消息を絶った先遣隊。彼らの役目はギムを落とし、エジェイまでの道を作ること。何があったのか、消えたのならどこへ行ったのか。
「ん……!?」
鳥ほどではないが、竜騎士は人間の中では視力がずば抜けて高い。地表に何か、鎧のような破片を発見した気がしたムーラはワイバーンを反転、高度を下げる。
「な、何だ……これは!!」
大地を抉ったような傷跡が残る地面。地表を焦がす業火の跡。人間だった肉片。その上に群がる『悪魔の象徴』の漆黒の鳥が肉を啄む。
「一体……何が……」
竜騎士ムーラは肉片が転がっていない地面を選び着陸する。周囲に動く人間はいない。破片となった鎧を拾えば、それがロウリア兵が着用するものであることは一目瞭然だった。
「全滅……?ーーそ、そんなバカな!」
正体不明の攻撃によって、ロウリア兵は肉片にされた。分からない恐怖にムーラは身震いする。彼がすぐに残酷な光景から目を背けることができたのは、相棒のワイバーンの鳴き声だった。
ワイバーンが視線を向ける先ーー東の空を注視して耳を澄ましたムーラは、微かな高音を聞く。尚も注視していた彼は、確かな違和感を発見した。
遥か彼方の上空、ワイバーンですら届かぬ空域に芥子粒のような大きさの白い点を見つけた。何か魂のない物、点のように見えたそれは不自然に近づく気配すら見せず、遥か彼方を飛行している。謎の飛行物体は攻撃することはなく、ワイバーンが届かない超高度からムーラ達を監視するように旋回しているだけだ。
そして聞こえてくる新たな音。その方角を注視すれば、芥子粒のような黒い点。それは次第に大きさを増し、全容が見える距離まで接近してきた。
「ーー!!」
突如としてその竜が煙を吹き上げ、小さな火炎が音速を超える速度で自分に向かってくる。
「導力火炎弾か!」
相手は遠い……が、弾速は速い。自分のワイバーンの導力火炎弾よりも遥かに射程距離が長い。あれほどまでに遠くから射撃できる竜など、パーパルディア皇国が有するワイバーンオーバーロードをも凌駕している可能性がある。
(しかし……)
いくら遠くから攻撃を受けても、気づけば避けることができる。ムーラは慌てることなく、地面を離れた。不意打ちこそ効果を発揮する攻撃を、どうして丸見えの状態で行うのか。ムーラには理解できない。
だが、やがて彼は違和感を感じ始めた。
「……!?こっちに来る!!」
なんと、火炎弾は軌道を変え、自分たちの進む方へついてきたのだ。意思を持つ火炎弾など聞いたことがない。そんなものがあるとすれば、神聖ミリシアル帝国か『古の魔法帝国』ぐらいのものだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
全力飛翔の指示を出し、回避行動のためのジグザグ飛行を試すものの、火炎弾はワイバーンの動きに合わせて、その都度向きを変えてくる。決して逃れられない、死の弾丸は確実に距離を縮めていく。
「司令部!導力火炎弾がーーついてくる!!回避できない!!」
ムーラは力の限り、魔力通信器の送話器に向かって叫んだ。
「ち、ちくしょう……!」
死神が鎌を持って彼に斬りかかる感覚が迫る。脳の中を様々な感覚が廻った。
『いってらっしゃい』
ーー戦の前に送り出してくれた妻。彼女は笑顔で送り出してくれた。
『ほら、お父さんにいってらっしゃいは?』
『あっ、あっ』
ーー言葉は辿々しい1歳になったばかりの娘が笑顔で抱きついてくる。この子の成長を見ることが今の最大の楽しみだ。この子が希望を持って生きるために、ロウリア王国を発展させなければならない。
『これ……お守り、持っていって』
ーー軽い金属でできたお守り。それは今にも腰に着けている。
「ーー死んでッ……たまるかぁぁぁ!!!」
ワイバーンに全力の急上昇と急降下を指示するが、変わらずに追尾する導力火炎弾。そのうち、腰に着けた大切なお守りが、急降下中に切れる。
火炎弾が背後に迫り、ムーラもワイバーンも死を覚悟した瞬間ーー
ムーラの背後で、落雷に似た轟音を伴って火炎弾は爆発した。
「おい、ジョインド。ミサイルは命中したか?」
『いえ、ターゲットには命中していません。恐らくデコイのようなものに反応したのだと思われます』
導力火炎弾ーー対空ミサイルを発射したのは、アメリカ海兵隊第2海兵航空団「Coo-pes」が保有する「AT-113 スコーピオン・ガンシップ」。そして遥か超高高度から援護していたのは、アメリカ空軍第5空軍第18航空団に属する「E-15B ジョインド」だ。
不幸なことにムーラは、国連軍が設定した飛行禁止空域に侵入していたのだ。敵味方識別に引っかからない未確認騎の侵入を確認した場合は、即座に撃墜する『死の空域』。安全保障理事会にて全会一致で設置が認められた国連軍は国境一帯を重要防空戦略地域とし、敵機を容赦なく撃退することとしていた。既にクワ・トイネ側には通告済みであり、西部方面軍はワイバーンによる出撃を哨戒飛行を含めて全て中止した。この思い切った決断にはノウ将軍の判断もあり、彼は国連軍による攻撃にすっかり勇ましい闘志を鎮めていた。
ムーラが侵入した様子は警戒監視にあたっていたE-15の対地・対空用アクティブフェーズドアレイレーダー(MP-RTIPレーダー)がしっかり捉えており、航空基地に接近することも予想されたことから、AT-113の出動を命じていたのである。
「運がいいやつだな。磁気圏にでも反応したのか。追撃の必要性を問う」
『ターゲットは西方に向かい、飛行禁止空域を離脱しました。これ以上の追撃は必要ありません』
「分かった。では基地へ帰投する」
発射されたAGM-65ミサイルは、追尾中のワイバーンを完全に捕捉してたが、乖離した金属片が接触信管にぶつかり、空中爆発を起こしたため竜騎士には命中することはなかった。
国連軍の『死の空域』から運良く離脱することができたムーラは、西に向かって逃げるように飛行を続けていた。何故助かったのかは分からないが、ふと腰に目を向けるとあのお守りが消えていた。
「もしかしたら……あいつが助けてくれたのかもな」
家族にまた会えるかもしれないと思い、彼は今ある生にこれ以上なく感謝した。魔力通信器は既に壊れてしまい、本隊には連絡できない。合流地点付近で身を隠そうと低空飛行を続けてムーラは、ふと悪寒を感じ林の中に緊急着陸した。
「ーー!?」
空を見上げると、小さないくつもの何かが白い尾を引きながら飛んでいる。小さく見えたそれが、遥か高高度上空を超高速で飛翔していることに気づいたのは、直上に差し掛かった時だ。
「は……速すぎる!!あれは一体なんだ!?」
正体不明の飛行物体ーー国連軍に属する日米英仏加の極超音速戦闘機、戦略爆撃機は大群を率いて、国境を超超高高度で通過していく。クワ・トイネとロウリア王国の国境線を越えた彼らは、異世界初の大規模空爆作戦を敢行する。
「どうなっているんだ!!」
副将アデムの怒号に部下は冷や汗を垂らした。飛竜偵察隊が悲鳴を最後に連絡を途絶させた。度重なる前線の兵士の失踪に、本陣司令部は混乱状態に陥った。その最後の報告ーー『導力火炎弾がついてくる』という、謎のメッセージ。
「現在調査中ですが、依然情報が少なく……」
「具体的にどんな方法で調査しているのか!?」
「騎兵を使った索敵を継続中です。また、飛竜偵察隊を編成して上空からの確認を合わせて行う方法を……」
「このたわけがぁ!これを担当した司令官は、直ちに更迭し突撃隊の隊長にしてやる!部下に楯突く無能にはすぐに左遷だ!!」
アデムは感情に任せて部下を怒鳴りつける。すっかり萎縮してしまった中で、特別派遣された三大将軍の1人である、パンドールは彼を宥める。
「アデム君、君が怒鳴ったところで仕方がなかろう。大体、怒鳴ったところで戦況は変わらん。作戦参謀、本陣の守りは?」
「ワイバーンが44騎、常時直営にあがります。残りは竜舎で休ませてはいますが、もちろん命令があれば全騎いつでも出撃します」
「44騎か……いつもより多いな」
「兵士たちの行方不明の原因が敵のとてつもない攻撃によるものとすれば、これでも足りないくらいです。現にビーズルの空襲時に、敵騎は我々のワイバーンの飛行限界高度よりも更に高く飛んでいました。一才の防空能力が機能しなかったわけです」
顔色の悪い作戦参謀は続けた。
「正直に申し上げますが、クワ・トイネ公国と国連軍による反撃で先遣隊は既に全滅した可能性が高いです。我々が彼らの二の舞になれば、確実にクワ・トイネ攻略作戦は失敗し、逆に本土が敵による大規模攻撃に晒される可能性があります」
「そうか……」
作戦参謀の悲観的な言葉に、パンドールは表情を曇らせた。現在、上空には多数のワイバーンが編隊を組んで警戒にあたっている。彼らは一騎当千の竜騎士であり、その雄姿は「何者が来ても退けられる」と思わせる威容があり、見ているものを安心させる。
これほどの軍であれば、伝説の『魔帝軍の行進』でさえ跳ね返せるだろう。だが、気掛かりもある。敵の正体が一切不明なのである。
「パンドール将軍、私は一度ハーク城へ出頭し、戦況の報告に上がろうと思います」
アデムは苛立たしさを隠そうともせず、上官であるパンドールに言う。
「ふむ?状況が分かってからでも遅くないのではないか?」
「後手になればなるほど、こちらが不利になります。ロウリア王国を死守するためにも、増援を呼び国境線を固めるべきだと愚考します」
パンドールは、アデムらしからぬ保守的な策に内心驚きを隠せない。苛烈な性格の彼が守りに入るなど、初めてのことかもしれない。
「分かった。それほど重要な要請ならば伝令兵には荷が重い。アデム、頼めるーー」
直後、パンドールの言葉を遮る音が轟く。2人が空を見上げると、上空を飛行していたワイバーンのうち16騎が、突如として煙に包まれ、バラバラに寸断された。続けて8騎が見えない敵の攻撃によって、同様に爆炎に包まれた。
「なっなんだ!?何が起こっている!!」
その正体はすぐに分かった。東の空に黒い点が31個、音もなく近づく。その点は羽ばたいておらず、ワイバーンのような飛行生物でない。その物体31個は2発ずつ、輝くような光弾を放っていく。光弾は超高速で飛行し、回避行動をとったワイバーンを完璧に追尾する。そして突き刺さると、爆発とともにワイバーンの肉体を抉り、四肢を文字通り四散させて落ちていく。
「……ま、まずい!!」
「バカな……バカなぁ!!」
落下していくワイバーンたちを見た兵士たちは恐慌状態に陥り、地面にへたり込む。ワイバーンの所有数は軍事力の基準であり、多ければ多いほどその国家の制空能力が高いことを示してきた。少なくとも、今までは……。
ワイバーンを撃ち落としたそれは、凄まじい速度でロウリア軍本陣を通過していく。大半のものは矢じりのような形をした灰色の物体。だが、中には丸い円盤の形をした青い物体も混じっている。後部から炎を吐きながら、一瞬で通り抜けると同時に衝撃波を巻き起こし、土煙や基地内の小物をも巻き上げていく。
ロウリア兵たちが見たのは、極超音速で飛行する制空戦闘機で作られた国連軍第2飛行戦隊。
日本戦略空軍の「銀龍四型」5機、アメリカ空軍の「F-38A ザンダー」10機、イギリス空軍の「ユーロファイター2010」5機、フランス航空宇宙軍の「ミラージュ2005」8機、カナダ空軍の「F-34」の3機の全31機だ。
後世世界において制空戦闘機は極超音速で飛行することは常識となっていた。加えて、水素燃料を使うことで安価に運用することが可能であった。低騒音で飛ぶことも想定した第6世代ジェット戦闘機たちの性能を活かし、総司令官のアイゼンハワーは奇襲作戦を立案したのだ。
「は……は……速すぎる!!」
「ワイバーンなんて比じゃない!何なんだあれは!?」
僅か一回の攻撃で上空を飛行していたワイバーンは全て撃ち落とされた。上空援護の無くなったロウリア軍の上空は、敵軍の絶対的航空優勢状態となる。
パンドールにとって、ワイバーンの存在は絶対的な存在であり伝説の炎神竜にも勝てると思っていた。それが、ワンサイドゲームのように一方的に撃破されていく。
破壊された竜騎士の血肉は雨となって、戦場に降り注ぐ。
「そ……そんな……ワイバーン……が……」
「クソ……このようなことが……」
血の雨を浴びたパンドールとアデムが呆然としていると、東の空から大型の鉄竜が多数飛来してくる。第1次攻撃には参加しなかった戦略爆撃機隊による止めの爆撃の嵐がやってきたのだ。
国連軍戦略爆撃軍団に属する日本戦略空軍の「亀光 六型」5機、アメリカ空軍の「B-25 エアーフォートレス」10機、「B-20B ランサー」10機の計25機による大規模空爆である。「亀光」には、空地爆弾(クラスター式戦略爆撃特化爆弾・空雷の改良爆弾)、「B-25」と「B-20」には廃棄予定であったJDAMが搭載されており、いずれも戦略爆撃に適した爆弾をこれでもかと用意してきたのである。
25機で構成された戦略爆撃軍団はロウリア軍の上空に突入すると、機体下部を開き次々に投下していく。
ーー何だあれは!?ーー何かを落としたぞ!!
誰かの声が聞こえる。パンドールは咄嗟に先遣隊を滅ぼしたとされる、未知の攻撃を幻視した。
(これが……走馬灯なのか……)
パンドールの独白の直後、灼熱の業火が地上を襲った。途端に、地面を熱風と衝撃波が這いながら駆け巡る。肉体が高熱が焼き、四肢が吹き飛んだ。
この日、ロウリア王国東方征伐軍本隊は国連軍による大規模空爆を受け全滅。3度の世界大戦を生き抜いた
後に国連軍による攻撃を躱し、偶然にもターゲットから外れたムーラが本陣に帰還した時、そこには黒く焦げた人間だったものが散乱していた。辛うじて分かる人間の焦げた肉片を見た時、彼は思わず嘔吐物を漏らしてしまう。
その光景はまさに『黙示録』の世界であり、ただ無だけがそこにあった。
『正直、あの光景は思い出したくもない。極超音速を超える飛行機が、敵陣を超高高度から爆撃する戦略爆撃機が本陣を爆撃した後、そこには黒い人間の焦げ跡だけが残っていた。記者君には分からないだろうが、誰のものかもわからない焦げた体が転がるその様は、「地獄」という言葉すら軽く見えた。私はこの時を今でも鮮明に思い出す。私はこの時、決して戦ってはならない敵を怒らせたのだと確信に至り、無謀な戦争を仕掛けた旧政府に対して怒りさえ覚えた』
終戦から数年後、クワ・トイネ公国とロウリア王国にて製作された戦争ドキュメンタリー『その時、歴史が動いた』「第3章 世界は新たな夜明けを見た」に収録されたムーラ氏のインタビューより。
「いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない。」
小説家 アーネスト・ヘミングウェイ