与党の絶対的安定の崩壊は、政治の停滞というデメリットと裏腹に、国民のことを常に眼中に入れて政治が行われるというメリットもあります。
今、日本政治は歴史上初めて民意が反映されるフェーズへと入ったと自分は考えています。これから先、厳しく注目していきたいです。
公爵邸内、舞踏会にも使用される大広間に急遽設置された円卓。西洋造りの庭園を眺められる、大きなガラスの壁の反対の壁には7カ国の国旗と国連旗が飾られている。豪華な装飾が施されたこの部屋に、前世界の大国たちが集結した。サミットにつき、冒頭の挨拶のみが公開され、あとは非公開で議論が進められる。
「皆さん、お久しぶりです。国際連合本部より参りましたリチャード・ホフマンであります。今会議の司会を務めさせていただきます」
アイゼンハワーが率いた国連軍によって、厳重に警備されたこの屋敷の中で、ロウリア王国の運命がついに決まる。会場外に設けられた仮設報道センター内で待機する各国報道陣、そして屋敷周辺に詰めかけた公国民は固唾を飲んで見守った。
司会は、戦争集結直後よりクワ・トイネ公国内で講和会議開催に奔走していたリチャード・ホフマン国連事務総長が務める。ホフマンは、アメリカ国務省国務次官補を務めた人物で、黒人でもあることからアメリカ国務長官のローディとも親しい仲だ。
同時に、国際非営利組織にも所属した経歴を持ち、この混沌した国際情勢に適した人物として究極の選出された『戦時の国連事務総長』でもあった。
会議が始まると、集まった各国首脳にホフマンは国連憲章を手に掲げながら牽制した。
「本会議の目的は、ロデニウス大陸の恒久的な平和追求、全ての諸国民が自由で平等に扱われる世界の構築であります。それ故、新たな戦争の火種を生みかねない直接・間接的問わず武力で敗戦国を統治する全ての政策、戦勝国による領土分割、イデオロギーの強制、巨額の賠償金の支払い等、国連憲章で定められた違法行為の全てを講和条件とすることを禁じます」
ホフマンの後、各国の代表者が講和条約を結ぶにあたっての条件を述べでいく。
「日本国政府はロウリア王国に対して、今後領土不拡大の明確化、王国市場の全面開放、そして世界標準憲法条約の速やかな批准を求めます。一方、ロウリア王国の孤立化を防ぐため、早期の国連加盟も提案いたします」
「アメリカ政府として、ロウリア王国に求めることはシンプルだ。全ての国民に平等の選挙権を与え、速やかに普通選挙を実施すること。ロウリア王国内にて自由な経済活動を認めること。以上だ」
「イギリス政府も、ロウリア王国内において自由な経済活動が支障なく行われることを求めます。また、我々は北方に位置するパーパルディア皇国の脅威に備える必要があると考えます。そのため、全ての関係国家が参加する安全保障体制を構築することを提案します」
「フランス政府は、過去ロデニウス大陸で起こった悲劇、そして公国民を苦しめた迫害の歴史に心を痛めている。よって次の提案をする。
ーー現国王ハーク・ロウリア34世の即時退位、過去の虐殺行為に対する正式謝罪、公国が望む慰安金の支払い、ロウリア王国の軍備制限、国境線からロウリア王国側20キロの非武装地帯化を求む。いずれにせよ、ロウリア王国に対して厳罰を課すべきだ」
「カナダ政府はロウリア王国が自由で民主的な社会を実現すること、そして国連憲章の原則的な受け入れを求めます。これ以上の厳しい講和条件は将来に禍根を残すことにもなり、カナダ政府としては懸念を抱かざるを得ません」
「クワ・トイネ公国政府の意見を申します。ロウリア王国は脅威になる国家でありますが、同時に国境を接する国家であります。マクミラン首相も申されていましたが、強硬な講和条件はロウリア王国民の心情を考えると居た堪れない。王国政府の謝罪及び誠意ある対応のみを求めます。その代わり、クワ・トイネ公国、クイラ王国両国の安全を各国が保障する体制の構築を願います」
「クイラ王はこう望まれています。ロデニウス大陸が差別なく平等な大陸、全ての種族が手を取り合う社会を構築すべきと。ロウリア王国が速やかに過去の罪を認め、謝罪すること。そして二度と侵略行為を行わぬと誓うこと。これを最優先の講和条件として求めます」
大高大統領、リーガン大統領、サッチャー首相、ミッテラン大統領、マクミラン首相、カナタ首相、シンザン宰相が順番に講和にあたっての条件を述べていく。
謝罪と誠意ある対応を求めるクワ・トイネ公国、クイラ王国、国際連合加盟と自由で民主的な社会実現を目指す日本、カナダ、人口が多いロウリア王国市場の全面開放を狙うアメリカ、イギリス、そして侵略という明確な国際法に反する行為に罰を与えるべきと主張するフランスに分かれた。
まず、ロウリア王国市場の全面開放は多くの国が望んでいることもあり、特に滞りなく了承された。ただし、完全かつ即座の市場開放を求めるアメリカ、イギリスに対して、1年ほどはロウリア王国に対して保護貿易政策による自国産業の保護を認めるべきとする日本で、意見の相違が見られた。
「我々は圧倒的な力を持っていますが、その力で力無き者を蹂躙することは許されません。日本国政府は、ロウリア王国が経済的搾取による事実上の隷属化のリスクがあることに、深刻な憂慮を抱いています」
「自由貿易こそが、世界平和に繋がることは大高大統領もご理解いただけていると思う。我々は転移前の世界では自由貿易を推し進めてきた同志であり、この世界でもそれは貫くべきだ。しかし、ロウリア王国が独立性を保持するために保護貿易政策を行うこと、これに合衆国政府は反対する気はない。1年という猶予、我々も許容すべきであると考える」
この問題は、アメリカ、イギリスが折れる形で日本の提案を呑み、1年間の猶予を設けることが決まった。
また、ロウリア王国の正式な謝罪と自由・民主主義社会の構築についても異議なく、無事講和に対する条件に加えられる。
だが、ロウリア王国の国連加盟問題、安全保障体制の構築、ロウリア34世の即時退位、国境地帯の非武装化、慰安金の支払いについてはそう簡単に事が進まない。特にロウリア王国に対して厳しい姿勢を見せるフランスは、強硬な講和条件を譲らなかった。
「我々、フランスは今日集まる国家の中で、唯一あのナチスによって国土が蹂躙された歴史がある。今は負けて大人しくなっているロウリア王国だが、いつ牙を剥くかも分からない。ここは強硬な姿勢も見せるべきだ」
奇しくも絶対王政を革命によって倒したフランスは、同じ絶対王政のロウリア王国を快く思っていなかった。それ故、苛烈な講和条件であっても容赦なく要求する。
だが、ここにイギリスが待ったをかけた。
「イギリス政府は慰安金という事実上の賠償金を課すというフランス政府の意見には反対です。ナチスは多額の賠償金を課したヴェルサイユ条約がきっかけで誕生しました。あの全体主義国家を、ロデニウス大陸にも誕生させるわけにはいかないのです。まして、海を挟んで覇権主義国家がいる国際情勢では尚更です」
「カナダ政府も同意です。過酷な講和条件はロウリア王国民の反発を招く可能性があります。もしも将来ロウリア王国が条約に反発して戦争をけしかけた場合、双方の民間人が戦火に巻き込まれることになるのです。今だけでなく、将来に目を向けて考えなくてどうしますか?」
立憲主義国家であり、王室を有するイギリスはフランスのような強硬な要求に対して難色を示した。イギリス政府内には王政を外部勢力が除去することに抵抗感を示す関係者も少なくなく、ロウリア王国を国連の勢力下に置きたいイギリスはフランスより緩い条件を提示した。これに同じイギリス連邦のカナダも同調する。
あくまで強硬な姿勢をとるべきと主張するミッテランと、過酷な条件に反対するサッチャー、マクミラン。それぞれナショナル・アイデンティティがあり、第二次・第三次世界大戦の記憶が国民の心に刻まれている各国には各々のトラウマがあり、それは国連事務総長であっても咎めることはできない。
「サッチャー首相は、ロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国に仕掛けた卑劣な攻撃をお忘れか?彼の国は長年にわたって、亜人種を虐げてきた。その尊厳を踏み躙るような迫害を聞いた時、私は寒気がした。間違った行いをしないよう厳罰は必要だ」
「それは我々も忘れてはいません。がしかし、戦争の芽を少しでも詰んでおきたいのならば、我々も歩み寄る必要があるかと。それに、来る列強との衝突に備えて、同志は多い方が良いですもの」
「我々だけで列強を打ち破ることは可能だろう。それに今の発言はロウリア王国に対して、相応の軍事能力保持を容認するととられる発言だ」
イギリス、カナダとフランスの指導者たちは戦争当事国であるクワ・トイネ公国の意見を無視する形でヒートアップした。お互い国益とロデニウス大陸の安全保障を考えての発言だったのだが、一向に議論が進まない。
「クワ・トイネ公国政府は、あくまで正式な謝罪が欲しいということですよね?」
別の切り口から進めたい大高は、隣に座るカナタ首相に確認のため、声をかける。
「ええ。単刀直入に言いますが、ここに集まる五大国の皆様が我々の安全保障に尽力していただける場合、謝罪のみでもいいと思っています」
「クイラ王国政府も同意見でしょうか?」
「先に申し上げましたが、ロウリア王国の謝罪と不可侵の宣言があれば、その他は特に望みません」
大陸融和を考えるクワ・トイネ公国とクイラ王国は、日米英仏加が両国の安全を保障するのであれば、ロウリア王国に対して過度な要求はしないという。再び、ロウリアが戦争を仕掛けてくるのは避けたい、だが新たな戦争の火種を生むこともあってはならない。大国に安全保障を委ねるしか生き残れない両国の最善が、これだった。
最もロウリア王国を知る両国の意見を踏まえて、大高が口を開く。
「日本国政府はクワ・トイネ、クイラ両国政府の意思を尊重すべきだと考えます。勿論、ロウリア王国に対して二度と戦争をさせないよう強硬な政策を主張するミッテラン大統領の主張も理解できます。しかし、強硬な政策が必ずしも成功するわけではありません」
「合衆国は、戦後の平和が全交戦国が納得できる条件のもとで、成し遂げられるものでなくてはならないと考えている。フランス政府の主張にも納得できるものも多いが、慰安金の支払いはやや過度な要求ではないか」
大高、リーガンはカナタ、シンザンの意見を踏まえたうえで歩み寄る必要性を訴えた。日米双方とも、フランス政府のプライドを傷付けずに方針を変えさせるため、慎重に言葉を選んで発言していく。
だが、それでもミッテランは譲らなかった。
「慰安金の支払いに関する主張は取り下げてもいい。だが、ロウリア王国軍の軍備制限、国境地帯の非武装化は絶対に譲ることはできない。この世界には国連憲章が無いのだから、力の伴った政策を実行しなければ、第ニ第三のロウリアが出てくる」
ミッテランは国際法の縛りが一切ないこの世界において、前世界のような融和に重きを置いた政策では、いつか対応できなくなると考えていた。この世界のすべての国家がクワ・トイネ公国やクイラ王国のような国家であれば良いのだが、そんなことはあり得ない。そもそもロウリア王国が国連を舐めていたことも、戦争が引き起こされた要因の一つだった。
ロウリア王国が再度驕って戦争に走らぬよう、徹底した政策が必要と彼は譲らない。
「ミッテラン大統領の主張はよく分かりました。ならばこうはどうでしょう?」
そう言うと、大高は妥協案を提示した。それはロウリア王国を国連に加盟させ、軍備計画を監視する査察団をクワ・トイネ、クイラ、そしてフランスを中心に構成するというものだ。
大高が主張するロウリア王国の国連加盟には、ロウリアを孤立させないという目的のほかに、多国間による監視が含まれている。大高も、ロウリア王国の再度侵攻を懸念する声をカナタやシンザンから聞いており、両国の安全保障を担保したい思いはあった。一方で、苛烈な講和条件は再びの戦争はロウリア王国国内の政治を不安定化させかねない。
これが受け入れられれば、ミッテランやカナタが懸念するロウリア王国の再軍備を防ぎつつ、ロウリア王国の国内政治の安定化と国際社会に受け入れるという大高の目的を達成させることができる。それもフランスに名誉を与えるというメリット付きで。
「うむ。確かにその案ならば両国の安全を保障でき、ロウリア王国も監視することができるだろう。合衆国政府は支持するが、カナタ首相、シンザン宰相は大高大統領の意見を踏まえて、ご意見があれば遠慮なく仰っていただきたい」
「国際社会において、これまで我々は恩恵を受けてばかりでした。それに報いる機会をいただけるのならば、クワ・トイネ公国政府としても喜ばしいことです」
「クイラ王国としても異論はありません」
両者の意見に関して合意を取り付けたことで会議は一気に進む。最も懸案だったロウリア王国の問題を片付ければ、あとに残るはロデニウス大陸における安全保障問題だけだ。ここではクワ・トイネ公国及びクイラ王国に対する軍事支援の強化、国連軍による恒常的な防衛、パーパルディア皇国がロデニウス大陸に侵略した場合、即座に日米英仏加は参戦することなどが決められた。
こうして全3日にわたって開催された会議にてまとめられた『マイハーク条約』としてホフマンによって、各国報道陣に全文が発表される。
1.ロウリア王国は、クワ・トイネ公国とクイラ王国に対して、本戦争および過去の歴史におけるすべての罪を認め、真摯に謝罪すること。
2.ロウリア王国指導者の戦争犯罪は、全交戦国の代表によって構成される国際軍事裁判によって裁かれるものとする。
3.ロウリア王国は、本土防衛に必要な戦力を超えて、軍事力を保持してならない。なお、必要防衛力については国連軍事参謀委員会が規定する。
4.ロウリア王国は、国際連合加盟を直ちに行うとともに、多国間によって構成される軍事査察団の受け入れ認可、並びに是正勧告の無条件了承を行うこと。
5.ロウリア王国は、国際連合加盟にあたり、世界標準憲法条約を直ちに批准すること。
6.ロウリア王国は、本条約批准後速やかに全国民に参政権を与え、自由で開かれた普通選挙を実施すること。
7.ロウリア王国は、民主的な選挙を実施にするにあたり、何人の選挙参加を妨害してはならず、選挙結果を否定してはならない。
8.ロウリア王国は、国家最高法規を直ちに定め、あらゆる人種を平等に扱うこととし、不当に差別してならない。
9.ロウリア王国は、世界各国の企業参入を認め、市場の全面開放等自由貿易体制に参入すること。なお、ロウリア王国に対しては保護貿易政策期間として1年間の猶予を与える。
10.ロウリア王国は、今後一切の領土拡大の国策を放棄し、領土不拡大を国是とすること。
11.ロウリア王国は、クワ・トイネ公国及びクイラ王国より、戦争被害に対する賠償を求められた場合には、直ちにその義務を履行すること。なお、日本、アメリカ、イギリス、フランス、カナダの5カ国は全交戦国の条約批准後、ロウリア王国に対する賠償請求権を永久的に放棄することとする。
12.日本、アメリカ、イギリス、フランス、カナダはクワ・トイネ公国とクイラ王国の独立保障に全力を注ぐこととする。各国は両国が自力で防衛できる能力を提供する義務を持つとともに、侵略を受けた場合には即座に両国の防衛を行わなければならない。
以上、12の条文に定められた。
大高やマクミランの主張であるロウリア王国の国際社会受け入れ、リーガンやサッチャーが強く求めた普通選挙の実施と経済圏の全面開放、ミッテランが要求していたロウリア王国の非軍事化が全般的に盛り込まれているが、賠償金問題、ロウリア34世の退位、国境地帯の非武装化についてはかなりロウリア王国に譲歩した条約となった。
各国が妥協できる範囲において、最低限のみを取り入れた形だ。なお、この条約案が受け入れられなかった場合、ロウリア王国は全交戦国が参加する会議開催を要請できるが、その会議でも条約批准を受け入れなかった場合、交渉決裂とみなして国連軍が直ちに軍事行動に踏み切ることも併せて記された。
「これは平和などではない。 たかだか20年の停戦だ (Ce n'est pas une paix, c'est un armistice de vingt ans.) 」ーーフェルディナン・フォッシュフランス元帥、連合国総司令官(第一次世界大戦時)