異世界初の国家と国交を結ぶため、彼らは海を越え、新大陸へ上陸する。
時は進み、再び現在に戻る。
クワ・トイネ公国沖で同国海軍による臨検を受けた7カ国使節団は、港に曳航されると用意されていた馬車に乗り、クワ・トイネ公国外務局が管理する迎賓館へと通された。
使節団長である日本国外務省の田中一静は応接室で身構えながら相手方の到着を静かに待つ。この会談にはクワ・トイネ公国のトップ自らが出席するという話であり、木戸の厳命もある彼の面持ちは硬い。
両隣やその奥に座る各国大使の面持ちも以前と比べると、何処か重々しく感じられる。
暫くすると扉が開かれ、クワ・トイネ側の代表者数名が現れた。彼らは田中らの対面の椅子に腰掛ける。そして、その中の一人が口を開いた。
「この度の会談の進行を務めさせていただくクワ・トイネ公国外務卿のリンスイと申します」
リンスイと名乗るでっぷりとした体型の男性が挨拶した後、一礼する。外務卿ということは外務大臣クラスの人物が出てきたことを意味する。より、慎重に交渉を進める必要が出てくる。
外国との交渉に慣れている様子のリンスイは、7カ国の大使を眼前に置いてもポーカーフェイスを保ち続けていた。
彼の挨拶に続けて続けて、7カ国側も挨拶する。
「はじめまして、リンスイ殿。私は、日本国外務省アジア大洋州局大洋州課の田中一静と申します。この度の会談の機会をお持ちいただき、誠にありがとうございます」
「初めまして。ミスター・リンスイ。私はアメリカ合衆国国務省東アジア・大洋局公共外交部のエドワード・ラファロです」
「お初にお目にかかります。イギリス外務及び英連邦・開発省アジア局東アジア部のジェームズ・ボーンです。以後、お見知り置きを」
「初めまして、ムッシュ・リンスイ。フランスヨーロッパ・外務省政治・安全保障総局直轄アジア・オセアニア局のアドリーヌ・レーモンですわ。今後もこのご縁を良きものにしたいものです」
「私は、カナダ国際関係省外務局アジア太平洋課シャルル・ブリアンです。以後よろしくお願いします」
「アイルランド外務省統合外交部国際課アジア担当のチャールズ・ハッセンです。お互い気を張らずにいきましょう」
「東方エルサレム共和国外務省国際局極東アジア・大洋州部のアルベルト・ミュラーと申します。よろしく頼む」
各国の代表団の挨拶を一通り聞いていたカナタは、彼らの態度に新興国家にありがちな野蛮さが無いことに関心を寄せる。首相である自らも緊張していたのには、超高高度を飛行する未確認騎や超大型船から、彼らが発展した技術力を持っていることを悟っていたからである。
「クワ・トイネ公国首相のカナタです。皆様、本日はよろしくお願いいたします」
カナタが挨拶すると、大使全員で深々と一礼する。クワ・トイネ公国側は首相のカナタ、外務卿リンスイの他に、外務局員10名という大所帯で会談に臨んだ。
「カナタ首相。此方の突然の来訪にも関わらず首相自らの対応、誠に感謝します」
田中の隣に座るボーンが、今回の会談を設けてくれた事に対する謝意を見せ、挨拶を一通り済ませたところで、田中が早速先日の領空侵犯について切り出した。
「会談の前に、先日の我が軍の偵察機による貴国への領空侵犯に対して、日本国外務省として正式に謝罪させていただきます。我々の偵察任務の一環ではあるものの、貴国の領空を許可なく飛行し、皆様に多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを、ここに深くお詫びします」
「なるほど、あの飛行騎は貴方の国のものでしたか。分かりました。公国の首相として、貴国の謝罪を公式に謝罪を受け入れましょう」
使節団の目的とは別に、日本国大使のみに与えられた特命任務。それは、相手国国家元首への謝罪とその受け入れ。国交開設を早期に実現するために、大高と木戸は公国側の心情を良いものにしておく必要があると考え、交渉担当である田中を事前に官邸に呼び出し、直接特命を与えていた。
それを初めに達成できたことに、田中は密かに安堵する。
「では日本国、アメリカ合衆国、イギリス王国、フランス共和国、カナダ連邦国、アイルランド共和国、東方エルサレム共和国の皆様。今回の、貴国らの来訪理由についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。では此方で作成しました資料を配らせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん」
リンスイの許可を得たボーンと田中は資料を配る。リンスイたちクワ・トイネ公国の面々が日本語を喋っていたこともあり、急遽日本語で作成された各国の概要が載った重要資料。
だが、クワ・トイネ公国の面々は資料に目を通した途端、顔を顰めた。
「……失礼ですが、この文字は我々には読めませんぞ?」
「何と!?……てっきり貴方方が日本語を喋っておられましたので、こちらの文字も読めるものかと。そういえば、街中にあった看板に書かれていた文字は漢字やアルファベットとはかけ離れたものでしたが……」
「だが、日本語になっているという理由に説明が……」
「いや、私たちからすればあなた方が大陸共通言語を話しているように聞こえますぞ」
カナタと顔を見合わせたリンスイは、困惑するボーンとブリアンにそう返した。二人は直ぐに頭を切り替え、口頭での説明に変えることにした。
「では、口頭にて説明させていただきます。我がイギリス王国、フランス共和国、日本国、アメリカ合衆国、アイルランド共和国、カナダ連邦、東方エルサレム共和国は貴国より北東約1000kmから2000km離れた場所にあります。単位は通じますでしょうか?」
「ち、ちょっとお待ちください。単位については分かりますが……、その海域に国があるなど、聞いたことがありませんぞ。そこは群島が点在し、海流は乱れている海域だ。そこにはいくつかの集落も存在していたそうですが……。集落が集まって、国を形成したと言うことですか?」
「その認識には誤りがあります、リンスイ殿。我がカナダ連邦と隣国のアメリカ合衆国は陸続きの大陸国家です。両国合わせた面積は約1980万㎢であり、人口は約3億6500万人です。日本国やイギリス、アイルランド、東方エルサレム共和国は国土の周りを海に覆われた海洋国家で、4カ国合わせた面積は約76万㎢、人口は約2億人ほどです」
「我がフランスは、かつてユーラシア大陸と呼ばれる巨大な陸大陸に存在していた大陸国家でしたわ。尤も、今はイギリスと同じように島国になっていますが。ああ、人口は約6500万人で国土面積は約55万㎢です。集落が集まって国を形成したのではありませんよ」
「そのような巨大な大陸や膨大な人口、ましてや国家群があるなど聞いたことがありませんぞ!」
「原因は判明しておりませんので、客観的事実からしか申し上げることができません。我々は地球という別の惑星から、なんらかの原因でこの星に国土ごと転移したと考えていますわ」
カナタは瞑目して聞いているが、リンスイや他の外務局の面々は使節団が馬鹿にしていると勘違いして顰めっ面を隠せないでいる。実際、カナダ大使のブリアンが言った国土面積は確かに2カ国合わせると十分な広さであるが、そんな巨大な大陸が発見されたという報告は一度も入ってきていない。
最後のレーモンの言葉に、リンスイがここぞとばかりに噛み付く。
「政治部会で上がってきた報告と同じか……。そのような大きな国がいくつも転移してくるなど御伽噺の産物。失礼を承知で言うが、私の目には貴方方がほら話を吹聴しているようにしか見えない」
「ふむ。皆様の抱かれている疑念については我々も承知していますし、理解できます。我々とて客観的証拠が無ければ誰も信じませんし、同じような事を吹調する人間が地球にいれば、相手にしなかったでしょう。そこで、我々はお互いの国をよく知るため、貴国の外交使節団を迎える用意があります。ご足労をかけることになりますが、お願いできますでしょうか?」
ブリアンに代わって、副団長を務めるアメリカ大使のラファロが具体的な提案を示した。要は、信じられないのなら実際にその目で確かめろということだ。「百聞は一見にしかず」という諺があるように。
この提案は、転移国家という事実を会談の場で信じさせることができないだろうと察していた大高による提案だ。各国の国力を見せ、納得してもらうというこの提案にリーガンやサッチャーも賛成していた国際的な合意事項でもある。
もしもクワ・トイネ側が受け入れれば、かつての日本の岩倉使節団のように、クワ・トイネ公国使節団が7カ国を順当に廻る計画になっていたのだ。
「しかしですな……御伽噺を風潮するような国家群に使節団を派遣しろというのは……」
しかし、リンスイは難色を示さずにはいられなかった。仮に使節団を派遣するとして、それは外務局の職員が公務で他国に赴くことになるのだが、彼らとて国民の一人なのだ。得体の知れない国家に派遣し、何か問題が発生、最悪の場合死亡したりすれば国際問題に、そして外務局の責任問題になるのは明らかだ。
しかしここで首相であるカナタの鶴の一声が入る。
「リンスイ外務卿、卿の気持ちよく分かる。現に、彼らは現にマイハークに飛行騎を飛ばし、超大型船で来航している。仮に群島の集落が集まり、国家を形成したとて、いきなりそれほどの技術力を持てるとは到底考えられない。
ーーしかし、我々では計り知れぬ力を持った方々が、使節団を派遣して自らの目で確かめてほしいと申しているのも事実。条件次第だが、検討するのも一考だろう」
「カナタ殿!?」
カナタの冷静な発言に隣に座っていたリンスイは信じられないと言わんばかりに目を刮目する。
「彼らの話ぶりは誠実で礼節を弁えている。何より一国を容易く屠る事すら可能なほどの、強力な竜と船を有しながら威嚇することもない。そのような国々が築く都市や文化を、私は知りたく思う」
首相であるカナタは、情緒が乱れるリンスイとは異なりしかと現状を客観的位置から見ていた。リンスイもそれに頷ける部分もあったので、彼の発言にそれ以上の反論をしなかった。
「日本国、アメリカ国、イギリス国、フランス国、カナダ国、アイルランド国、東方エルサレム国の方々。我々は国交を開設するのにあたり、貴国らの要件を把握しておきたいのです。何かこの場で申される要望などがありましたら、ぜひお聞かせください」
一瞬の沈黙の後、田中はゆっくりと口を開いた。
「第一に資源、そして食糧です。そして我々はこの世界に転移したばかりで、この世界について全く知らない。この世界のことについて可能な限り、ご教授願いたいのです」
「ほっほっほ!食料とな!」
「ええ。可能な限りで構わないが、我々はこの二つを望む。特にアイルランド共和国、そして我々東方エルサレム共和国には優先して、食料を融通していただきたい。我々の食料需要は膨大なものでしてな。勿論、貴国のみに要望するわけではないが、その協力の一端をお願いしたい」
「なるほど。因みに二国の食料自給率は如何程か?」
「……国家機密につき、申し上げられないことをご理解いただきたい」
永世中立国とはいえ、多方面に影響力を持つユダヤ人が多く在住している東方エルサレム共和国は、外交交渉においても油断を見せない。特に今回の交渉に赴いているアルベルト・ミュラーは国際連合で幾多もの機関の長を務めた経歴を持つ人物であり、異世界初の外交交渉であっても顔色一つ変えず対応していた。
無論、彼だけではなく他の面々も外交を得意とする人物ばかりで構成されており、てっきり末端の人間が送り込まれてきていると考えていたリンスイは、密かに感心し譲歩することにした。
「転移国家と申されましたな。我が国が初めての接触であられるか?」
「ええ。今回の貴国への訪問が我々が転移して、最初の対外的な外交活動になります」
「ならば貴国らは運がいい。いや、神に祝福されているのかもしれませんな。我が国は大地の神の祝福を受けている。穀物や野菜などが、特別手入れせずに生えてくるのです。貴国らの食糧需要がどれほどかによりますが、我が国でその大半を応じることが可能だと思いますよ」
「なんと!それは願ったり叶ったりです!それでは、こちらで即急に使節団受け入れを準備致します。期日にはついて改めて連絡させていただきます」
カナタは使節団の方を向くと立ち上がって右手を差し出し、田中を始め各国使節もそれに応えて握手をする。
この会談から暫くの後、首相カナタより指名を受けた国家連合使節団が派遣されることが正式に決定された。
首相カナタの命により、クワ・トイネ公国側は7カ国を訪問することになる。
そして経済力・技術力・軍事力の発展に圧倒されることになる。このような技術力を持った国々と国交を結ぶことができれば、ロウリア王国の脅威から国を救うことができる、と彼らは本心からそう思えた。
彼らは、より各国との連携を強化することを模索し始める。
そして、それは転移国家である各国であっても同じこと。
新たなビジネスチャンスを生み出す、未開の土地に各国は目をつける。
だが、それを以前から存在していた地域覇権国が許すはずがない。
パワーバランスは確実に崩れ始めている。