転移し混乱している各国は、こぞって2カ国を有望な投資先とし、大量の資本や技術を提供していく。
後世の世界大戦を共に戦った連合国主要国が、異世界に転移して2ヶ月が経とうとしていた。彼らと国交を結んでからの2ヶ月、クワ・トイネ公国は食料・生活・科学・産業革命が一挙に起こり、歴史上最も変化した2ヶ月だったといえる。
2ヶ月前、日本、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、アイルランド、東方エルサレムはクワ・トイネ公国とクイラ王国両方に同時接触し、相次いで国交を樹立した。9カ国が一同に会して公都にて行われた条約調印式は、各国外務大臣が一同に会した、公国史上最大の外交イベントであったことは言うまでもない。
アイルランドや東方エルサレム共和国は食糧自給率が低く、2か国の食料の買い付け量は年間5000万トンという破格の規模の受注であった。しかし、神から祝福を与えられた土地で、家畜でさえ旨い食料を提供できていたクワ・トイネ公国は、各国からの受注に応えた。
クイラ王国にあっても、元々作物が育たない不毛の土地であったが、各国の調査により石油や鋼鉄、更には希少鉱物資源も多く眠っているまさに宝庫であることが分かった。どの国でも重宝される資源の存在に、7カ国が歓喜したのは言うまでもない。豊かな資源を活かし、クイラ王国は7カ国に石油採掘権、鉱物採集権を与えると同時に大量の資源を各国に輸出した。
一方、7カ国はこれらの利益を得る代わりに
それと同時に各国を支えてきた企業が次々に両国に支社を建設し、インフラ整備や商業活動を活発化させ、転移時の混乱にて失われた利益を回復せんと次々に参入していった。
また、各国は優れた技術を使い、両国へと技術を次々に輸出していた。クワ・トイネ公国には、大都市間を結ぶ石畳の進化したような継ぎ目のない道路、高速鉄道と呼ばれる大規模交通システム、市街地を走る路面電車、食糧や資源を輸出するための港湾施設などが整備されていっている。その結果、以前の暮らしとは比べ物にならないほど、クワ・トイネ公国の生活水準は向上した。
これが全土に普及すれば、各国との流通が活発になり、今までとは比較にならない発展を遂げるだろうとの試算が公国経済部から上がっており、クワ・トイネは更なる経済発展が見込まれている。
これに連動する形で、クワ・トイネ公国とクイラ王国の「国連憲章第2章第3条に基づく国連加盟動議」が日米共同で国連安全保障理事会に発議された。国際社会に参加することで、先進国の保護を更に受けられると考えた両国の判断と、国家・経済の安全保障の観点から、両国を保護する必要があると判断した各国の決断が、その主な要因だ。
国連加盟手続きのため、国連本部が置かれているニューヨークに飛び立ったクワ・トイネ公国とクイラ王国の使節団が、大空を突き抜ける超高層ビル群が立ち並ぶ大都市の姿に度肝を抜かれてしまっていたのは言うまでもない。
そして、数日の手続きのうちに「国連憲章第2章第4条に基づくクワ・トイネ公国及びクイラ王国の国連加盟採決」が国連総会に提出される。短い加盟候補国の演説の後の採決では、賛成7、反対0の全会一致により、両国は異世界初、国連史では194、195番目の加盟国として国連に加盟したのである。
更に、2カ国は
一方、防衛機構加盟の条件として環太平洋経済同盟への参加や、世界標準憲法条約、海洋交通普遍条約の批准が求められており、両国とも近々に大規模な憲法改正が行われ、基本的人権の尊重や平和主義といった、自由民主主義国家に必要不可欠な要素を盛り込んだ新憲法が制定される予定となっている。
こうして名実共々世界に認められるつつあるクワ・トイネ公国とクイラ王国は、続けて各種技術提供を求めた。しかし、各国で成立・施行された『新世界技術流出防止法』と呼ばれる法律により、中核的技術は提供されなかった。
しかし武器の輸出については各国が協議した結果、第二次世界大戦時の武器ならば脅威にならないという結論に達し、武器輸出・管理委員会監視の下、流出防止対策を徹底させることを条件に輸出することになっている。
ともあれ、各国から入ってくる技術は、明らかに彼らの国を生活様式を変えるレベルのものばかりで、クワ・トイネ公国とクイラ王国は周辺国より何十年、何百年先の技術を取り入れたことで、前例のない経済成長が見込まれている。
いつでも清潔な水が飲めるようになる水道技術、夜でも昼のごとく明るくなりさらに各種動力となる電気技術、手元をひねるだけで火を起こせ、かつ一瞬で温かいお湯を出すことができるプロパンガスなど、生活を楽にできる技術が次々流入していた(それと同時に、自らの会社の商品を多く売ろうとする日米英仏の四極構図も生まれてしまっていたが)。
とてつもない技術のサンプルを見た経済部の担当者は、驚愕で放心状態になったといわれた。
クワ・トイネ公国首相であるカナタも脅威的な技術に驚きつつ、国の豊かさを噛み締めていた。
「すごいものだ……。日本国、アメリカ合衆国、イギリス王国、フランス共和国、カナダ連邦、アイルランド共和国、東方エルサレム共和国……。明らかにこれらの国々の国力・技術力は文明圏の域を超えている。もしかしたら我が国も生活水準において、第3文明圏を超えるやもしれぬぞ」
カナタは秘書に語りかけた。彼はこれらの国々から得られる未知数な力に、まだ見ぬ国の劇的発展を見据えていたのだった。
「はい。しかし、彼らが平和主義の国で助かりました。首相がお会いになった大高大統領や、リーガン大統領、サッチャー首相、ミッテラン大統領ら各国政府首脳陣は我々が敵対行動を取らない限り、敵対的軍事行動を取らないという文言を条約に入れてくれました。彼らの技術で覇を唱えられたらと思うと、ぞっとします」
「そうだな。少なからずとも、我々が以前まで使用していた武器とは比べ物にならないほどの素晴らしい武器を輸出してくれることには、本当に感謝しかない。加えて、我が国とクイラ王国が太平洋防衛機構に加盟できたことは本当に良かった。
ーーこれでロウリア王国の脅威も少しは軽減できると思うが……」
カナタは夕日を見ながら、手元のアメリカ製自動小銃M1ガーランドを手に持ち、そう呟いた。
アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス
他の国家同様、国土ごと転移をしたアメリカは初期こそ大混乱に陥ったが、隣国のカナダ、飛び地であるアラスカ及びハワイ諸島、ミッドウェー島、グアム島に駐在するアメリカ海軍と海兵隊との連絡がついたことにより、初動対応での混乱は防ぐことができた。
一方、ウォール街は前例のない緊急事態に咄嗟に反応し、多くの株式が売却された。このことが引き金となり、1929年の株式大暴落に端を発する世界恐慌に引けを取らぬ史上最悪の恐慌が全米を襲うことになる。失業率は30%を越え、各地で労働デモやストライキが頻発するなど、内政面では失態が続いた。
加えてマスコミによる大統領批判、野党によるネガティブキャンペーンが追い打ちをかけた支持率の急激な低下は、議会の混乱を招き大統領弾劾にまで発展しかけることになる。
しかし、リーガン政権は同じく転移した日本やイギリス、フランス、隣国であるカナダとの連携を強め、そしてクワ・トイネ公国やクイラ王国との国交樹立という成果によって、平和と経済回復を望む合衆国国民の絶大な支持を集めることに成功する。
また各種インフラ設備のための公共事業の一環として、リーガンは21世紀版ニューディールを実行。これにより衰退しかかっていた五大湖を中心としたミシガン州やウィスコンシン州などの東部工業地帯は息を吹き返し、超大国としてのアメリカの姿を取り戻すことに成功した。
国民は、掌を返したように合衆国政府を褒め称え、低迷気味だった支持率を一気に押し上げた。鰻登りに上っていく支持率を見て、与党や政権内部が歓喜したのは言うまでもない。再選不可能と思われていたリーガンも、次の大統領選挙の再選が確実視され、数年後に控える中間選挙でもこの勢いを保てれば、与党が圧勝すると各社世論調査で報じられるほど、政界は安定していた。
「大統領。クワ・トイネ公国、クイラ王国両国へのニューディール事業は順調に進んでいます。合衆国が誇るUSドルと工業力の力は文明未開拓であった両国のレベルを急激に押し上げています。
その結果、我が国のGDP及びGNPも急速に回復しています。正にフロンティア様々ですな。また、『新世界技術流出防止法』が適用されない日用品の輸出の好調も顕著です。我が国が恐慌から早々に脱出する原動力となっています」
「そうか。我々の放った一手は凄まじい効果を上げているようだな。合衆国大統領として誇らしいよ。引き続き、ロデニウス大陸における我が国の影響力を高め、「異世界に合衆国あり」というイメージ像を広めてくれ」
ホワイトハウスはウエストウィング地下2階に位置する危機管理室。中央の肘掛け椅子に座るリーガンは同席している首席補佐官ジム・ウィーズリーの言葉に、満足げに頷き室内にいる面々を見回す。
「日本やイギリス、フランスも大陸に次々に進出して、経済を回復させておりますな。特に、前世界で影響力が劣っていたイギリスとフランスは血眼になっております。それに、カナダやアイルランドも前年を上回る規模の経済成長を見せております。
我が国も、工業連合、金融業界が大統領が表明された挙国一致体制に参加した事で、特に反対なく政策を進められております。合衆国建国以来、我々の予算を食いつぶしてきた『陰の政府』の介入が存在しない、正真正銘の我が国の利益となっていますな」
リーガン、もとい第三次世界大戦後の合衆国政府が秘密裏に進めていた『陰の政府』の完全なる抹消計画。
第二次世界大戦中のナチス第三帝国によるホワイトハウス爆撃で一時、アメリカはナチスにひれ伏しかけた。だが、トルーマン大統領暗殺計画が未遂に終わり、アイゼンハワー国防長官が大統領に就任したことで、『陰の政府』は影響力を失いつつあった。
しかし、未だに影響力を持っていた彼らに合衆国政府は危機感を覚え、日本の諜報機関の協力の下、密かに『陰の政府』の大統領以下、幹部たちを次々に摘発(場合によっては抹殺)していった。
その中にはルーズベルト・トルーマン両氏を陰から圧迫していた銀行家のハーマン・ペルーや、CIA長官のハリー・メイソン、FBI長官のフーヴァー、更には死亡したと思われていた前米国大統領ヘンリー・ルーズベルトなどもいた。
他にも『陰の政府』の影響下にあると証拠が見つかった下院議長を始め、政界、財界、宗教など多くの人員を徹底的に洗い出していった。そして、国民の目が届かぬところで『黒狩り作戦』が発動され、多くの政治家や財界人、資本家などが、次々に表舞台から引きずり降ろされたのである。
アイゼンハワー新政権から始まったこのプロジェクトは、日米開戦からちょうど50年の長きに渡る歳月をかけ、遂に1991年に当時の米国大統領の名で、人目につくこと無く静かに終了していった。
閑話休題
商務長官のウィリアム・レッドフィールドの言葉にリーガンは背もたれに身を預け、危機管理室の白い天井を見つめた。
「ここに呼んでいる君たちは、私がこの人物であるならば信頼できると判断した人間だけだ。確かに『陰の政府』は我々の手によって完全に抹消された。
しかし、いつ復活するかも分からない恐ろしい組織だ。私は再び、彼らと一戦交える気にはならん。だからこそ彼らが再び出てこないよう芽はしっかりと摘み取ることが大切だ。
……失礼、話題が逸れたな。先程ジムが言ってくれたが、我が合衆国の経済は恐慌前と同等、いやそれ以上に回復しているな。我が国の財政についてどうなっている?サム」
リーガンに“サム”と呼ばれたのは、サミュエル・ハミルトン財務長官。長年、財務省にて財政赤字問題に携わってきた第一人者であり、前職は合衆国造幣局長を務めたやり手である。
「はい。お配りしている資料にもありますが、我が国のGDP、GNPは異世界転移前と同等、もしくはそれ以上の成長を遂げています。
ラストベルトを始めとする五大湖周辺の工業地帯や、南部の石油工業地帯の経済が恐慌からの影響を取り払ったためでしょう。労働省より労働環境の改善を訴える報告が上がってきているのも、我が国の経済が回復しているという兆候ですね」
「全く、左派の連中は以前は「仕事をさせろ!」「給料を上げろ!」と騒いでいたのが好景気になれば、「休ませろ!」「身体を大切に!」とほざき始める始末だ。
野党には申し訳ないが、せっかく回復した経済だ。暫くは、我々の姿勢に順じてもらうぞ」
与党である共和党リーガン政権と、対を成す後世アメリカ民主党。
リーガン政権の転移後の経済政策の失策は、民主党にとってはこの上ない攻撃材料となった。各地で労働デモやストライキを積極的に呼びかけることで、与党共和党への攻勢を強め、支持率回復を狙っていた。しかし、その後の経済回復によって、国民の多くが大統領や共和党を支持したことで相対的に民主党は求心力を失い、労働運動の原動力であった左派は、中道派に追い立てられるようにして民主党から消えつつあったのである。
「支持率が回復しているのは各種マスコミの報道を見れば分かる。
あのニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストでさえ批判的な記事が少ないときた。それだけ国民が我々を支持しているということだ。この勢いを次の大統領選挙にも繋げて、全米を共和党の赤い波で覆い尽くしてやるさ」
リーガンの言葉に閣僚たちも思わず笑みが溢れる。異世界転移時には殆どの閣僚が顔を青白く染め、加熱した左派運動に頭を悩ませていた同一人物とは思えぬ自信がそこにはあった。
「さて。国務省及び国防総省の合同レポートについて報告を願いたい。ジェームズ、頼めるか?」
リーガンが続けて話を振ったのは、国務長官を務めるジェームズ・ローディだ。長年、国務省一筋で歩んできた黒人官僚であり、ワシントンにも多くの人脈を持つ政権ブレーンの一人だ。その有能さは、国務省でも随一である。
「はい。合衆国を含む転移国家の戦略上、クワ・トイネ公国及びクイラ王国は最重要拠点になりました。また、ロデニウス大陸における自由民主主義の「ショーウィンドウ」としても非常に大きな役割を持つようになっています。
故に、同地域の戦略的価値は高まっており、軍備が弱体な両国を守るため、国防力の強化を図るべきだと考えます。
国務省内には多国籍連合軍の派遣や、国連軍駐屯によるロデニウス大陸の安全保障強化を行うべきとの強硬案も出ております。彼らの根拠にあるのが、人間至上主義を掲げるロウリア王国です。
レポートの末尾に記させていただきましたが、個人的にはクワ・トイネ公国及びクイラ王国に対する武器支援を強化すべきと考えます」
「ふむ、更なる武器援助か。なら、ここは専門家に聞くとしよう。トニーはどう思う?国防長官としての、また軍人としての意見を聞きたい」
リーガン政権で最も右派的と呼ばれるトニー・エヴァンス国防長官。元退役軍人でもあり、数々の戦地で武勲を挙げたその功績は大きく、未だに軍からは生きる伝説と称される狂犬でもあった。
軍制服からスーツへと衣替えしたとはいえ、その威光は衰えておらず隣に座るローディのオーラが霞んで見えてしまうほどだ。
「は。国防総省及び統合参謀本部は、ロウリア王国とクワ・トイネ公国・クイラ王国連合軍との間で戦闘が起きる可能性が高いと見ています。
クワ・トイネのリンスイ外務卿や諜報部の話によれば、ロウリア王国は数にものを言わして両国に侵攻してくる可能性が極めて高く、数に劣るクワ・トイネ公国軍が勝てる可能性は殆どありません。
もし仮に、我々が一切の救援を行わなかった場合、一ヶ月か運が良くても三ヶ月で完全なる本土制圧が成されるでしょう。私としては、我々転移国家で連合軍を結成し、両国に駐屯させるべきだと考えます。ロウリアが攻めてきた時に、直ちに反撃するためにも」
国防総省と国務省の予測によれば、軍事的緊張の高まりによって発生する武力衝突は避けられない。これだけなら、アメリカが積極的に関与する理由にはならなかった。
だが、アメリカは食料こそ頼っていないものの、両国に対して破格の経済支援を行なっている。ロウリア王国が仮にクワ・トイネ公国、クイラ王国を占領するとその資本が全て水の泡になるどころか、アメリカの技術が敵国に渡ってしまうことにもなりかねない。
それに、後世アメリカ合衆国は第三次世界大戦後、速やかに公民権運動が展開され、人種差別が法律で禁止されている。まして、独裁国が人種差別を行っていることを、アメリカ国民は許さないのだ。
つまり、
「国務省と国防総省の意見はよく分かった。武力衝突が避けられないのであれば、我々は万が一にも対応できるよう体制を整えなければなるまい。
国連の軍備縮小・維持委員会や7カ国との調整は必要になるが、早急に両国に対する支援策を練り上げよう。経済支援策から軍事的な支援まで、とにかくオールラウンドにだ。
ジム、議会にクワ・トイネ公国及びクイラ王国支援に関する緊急法案を立案するよう、院内総務に要請してくれ」
「分かりました。議会との調整について何か要請はありますか?」
「なるべく全会一致になるよう、中道派を中心に民主党の説得を頼む。下手に火種を残して、左派連中の餌にされてしまっては困るからな。恐らく、中道のマケイン上院議員やホランド下院議員あたりに声をかければ理解し支持してくれるだろう。
だが、この法案は緊急を要するものだ。万が一、法案可決が妨害されてしまいそうなら数で押し切ることも構わん。とにかく早急に法案を成立させてくれ」
リーガンはその後開かれた国家安全保障会議にて、エヴァンスや統合参謀本部議長の意見を参考にした上で、元太平洋に展開していたアイゼンハワー級原子力空母『ハリエット・アイゼンハワー』を主力とする第7艦隊を、横須賀から出航させることを決定した。
同時にクワ・トイネ公国及びクイラ王国に関する緊急支援法案の作成を行い、議会に提出。民主党左派の抵抗はあったが中道派が賛成に回ったこともあり上下両院賛成多数で可決されることになった。
ロウリア王国 王都ジーン・ハーク ハーク城
侵略戦争により領土拡大を続けていたロウリア王国。現在はロデニウス大陸の西半分を制圧するほどの大規模国家となっていた。
そしてこの国は、国務長官のローディの言うとおり人間至上主義を国是としており、純潔な人類のみが国が保障する生活を送れる権利を得ていた。
エルフ、ドワーフ、獣人などの非人種は「亜人」として侮辱し続けており、亜人受け入れに寛容なクワ・トイネ公国及びクイラ王国と、常に緊張状態にあった。
月の綺麗な秋の涼しい夜。
部屋の中央に置かれた蝋燭が揺らぐジーン・ハーク城の薄暗い一室にて、国王であるハーク・ロウリア34世以下国の重役たちが出席し、国の行く末を決める御前会議が行われようとしていた。
「遂に全ての準備が整った……。実に長い時であった、まずは諸君のこれまでの努力に感謝しよう。だが、我らの目的達成のための本格的な作戦はこれからである。マオス宰相、説明を頼むぞ」
「はい。陛下の長年の望みであられたロデニウス大陸統一は目前であります。クワ・トイネ公国は隣国クイラ王国と同盟とも呼べる緊密な連携関係を築いており、仮に我々がクワ・トイネ公国に宣戦布告を行った場合、クイラ王国もこの戦争に参入する可能性が極めて大であります。つまり、この戦争は2国を同時に相手にしなければなりません」
「うむ……。パタジン将軍よ。お前はこの闘いの最高指揮官である。貴殿の意見を聞いておこう」
「一国は農民の集まり、もう一国は不毛の地を抱える貧国。軍隊の数においても質においても我が方が有利。負けるはずがない、と断言いたします。ご安心ください、国王陛下」
「そうか。ところでマオスよ。1ヶ月ほど前に接触してきた日本やアメリカといった国についての情報はあるか?」
転移国家7カ国は、1ヶ月ほど前にクワ・トイネ公国とクイラ王国との国交締結直後に、ロウリア王国とも接触していた。しかし事前に敵国であるクワ・トイネ公国とクイラ王国と国交を結んでいたため、敵対勢力として判断。門前払いしていた。
「日本と東方エルサレム共和国は、ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国より北東に約1000kmの所にある新興国家です。アメリカやイギリス、フランス、カナダ、アイルランドは更にその東に位置していると思われる同じ新興国家であります。
軍事的な影響についてですが、最も近い日本からでもロデニウス大陸は1000kmも離れていることから軍事的に脅威があるとは考えられません。
また、奴らは我がワイバーン部隊を初めて見たと、とても驚いていました。竜騎士が存在しない野蛮な国家でしょう。情報は少ないですが」
僅かな情報のみで国家の強さを判断するという、最もとってはならない方法で、ロウリア王国は彼らの実力を判断した。確かにロウリア王国を訪れた使節団はワイバーンに驚いていた。
しかし、それは初めて見る生物に物珍しさを感じたからこそ出た驚きであり、ロウリア王国はそれを見たのみで7カ国をワイバーンすら持たない野蛮国家と位置付けてしまったのである。
「となるとクワ・トイネ公国が、この7カ国に応援を求めても問題外ということですな」
「そうか……。しかし、ついにこの広大なロデニウス大陸を我が手で統一し、忌々しい亜人どもを根絶やしに出来ると思うと、私は嬉しいぞ」
「大王様。統一の暁には、あの約束も、お忘れなく……。クックックッ」
ハーク・ロウリア34世は嬉しそうに言うと、今日この会議に最初から出席していた真っ黒のローブを着た男が薄気味悪い声でそっと語りかけた。
「解っておるわ!!」
ハーク・ロウリア34世は、先ほどまでの良い気分に水を差したこの男への苛立ちを隠さずに言い返した。
(第3文明圏外の蛮族と思ってバカにしおって!ロデニウス大陸を統一した暁には国力を高めた後に、フィルアデス大陸にも攻め込んでやるわ)
「では、将軍。今回の作戦の概要についての説明を」
今回のロウリア王国のクワ・トイネ公国侵攻計画はこのようになっている。
1.今回展開するロウリア王国側の兵力は50万。作戦では40万をクワ・トイネ公国侵攻に、残りを本土防衛に当たらせる。
2.まずロウリア王国との国境付近にある人口10万の都市、ギムを強襲・制圧。兵站はクワ・トイネの良質な大地を使い現地調達を行う。
3.ギム制圧後は同地に司令部を置き城塞都市であるエジェイを攻略しつつ、東方250kmにある首都クワ・トイネを物量で押して一気に制圧。
4.その際の航空戦力は自国で調達できるワイバーンのみで可能。それと平行し海から艦船4400隻を投入し、北方向を迂回。
マイハーク北岸に上陸、公国随一の経済都市であるマイハークを素早く制圧。
5.クワ・トイネとクイラ王国を結ぶシーレーンを封鎖し、陸と海からなる新たな部隊でクイラ王国を制圧する。
「クワ・トイネ公国の総兵力ですが、約5万程度。即応兵力のみならば一万にも満たないかと。今回我が軍の物量で押し切れば例え相手の兵士の質が良くても無意味です。6年間の準備が実を結ぶことでしょう」
「そうか……!今宵は、我が人生最良の日だ!!クワ・トイネ、クイラに対する戦争を許可する!!」
王城は瞬く間に喧噪に包まれた。御前会議終了後、ロウリア王国は正式にクワ・トイネ公国ならびにクイラ王国へ宣戦布告した。
遂にロデニウス大陸の統一を目的に、ロデニウス大陸の覇権国たるロウリア王国が動き出した。
だが、彼らは知らない。
自分たちがワイバーンを見たことがないという情報だけで判断した7カ国が、3度にわたる世界大戦を勝ち残った国々であること。他を凌駕する技術力を有していること。そして何より、彼らが侵略に対して断固たる対応をとることを。
ロウリア王国は、地雷原でタップダンスを始める。