「さあ、私の案内はここまでだ。
あとのことは、自分でどうにかするんだな」
「…わかった」
ルーアンの街は人で溢れていた。
人々の口々からジャンヌの名前が聞こえる。
すでに宗教裁判は終わり、火刑…つまり、火あぶり…の判決が決まっているようだ。
急がないと!
火刑場は中央広場だ!
中央広場では、ジャンヌが火刑台に縛りつけられていた。
「ジャンヌ!」
あとのことは何も考えていない、考えられない。
僕はとにかく火刑台まで走り寄ると、警備の兵士たちをなぎ倒して、ジャンヌの縄を切り捨て、彼女を抱きしめた。
観衆からは動揺の声があがる。
周囲は兵士たちが何重もの包囲を作った。
「ジャンヌ!
僕だ、ミカエルだ!」
「…………」
「ジャンヌ!ジャンヌ!」
「…………」
「ジャンヌ……?」
突然彼女が目を開き、言葉を発した。
「聖女は…」
「…!?」
その瞳は美しい
そして、声は低く、恐ろしいものだった。
「聖女はもうおらぬ。
神の声を聞きし聖なる乙女をよりによって火刑に処すとは…。
くっくっくっ、本当に愚かよのう。
しかしそのお陰で聖女は堕ちた。
この体、闇への良い供物となる。
そなたらの魂と共に闇の世界へと連れ去ってくれるわ!」
そう言うと、ジャンヌは恐ろしい力でルーアンの市民や兵士を襲った。
僕は動くこともできず、ただジャンヌのことを見ていた。
「ジャンヌ!」
「………!?」
僕の呼び掛けに一瞬止まるも、再び禍々しい光を放つ。
「ジャンヌ……いったい……?」
するといつの間にか、オリビアが隣にいる。
「言っただろう?
聖女を救うことなどできぬと。
聖典に書かれている通りだ。
かつての聖女、カトリーヌと同じ末路をたどるだろう」
「…どういうことだ?」
「知らないのか?教えてやろう。
人々に裏切られた聖女は、闇の世界へと堕ちるのだ」
「闇……?」
「そうだ、悪魔たちの世界へと堕ちるのだ。
数百人を襲ったあと、奴は消えるはず。
それで終わりだ」
「どうすればもとに戻る?」
「そこまでは知らん。
聖典にはそこまで書かれてはいない。
もうあきらめろ。
あれは人の力ではどうにもならない」
「……いや、ジャンヌは取り戻す。
まだあの中に彼女の意識が残ってる。
さっきだって、僕の呼び掛けに応えたんだ!」
「もう遅い。
やがてその意識も闇に食われて消える。
どのみち、あの女はあの女ではなくなる。
この世で死に、
悪魔として悪魔界で甦る。
あの女の存在は消える運命にあるのだ」
「………でも、彼女を取り戻す!」
「ほう?
あれに挑むつもりか?
やめておけ、お前も闇にのまれるぞ」
「約束したんだ。
一緒にドンレミ村に帰ると」
「ならば試してみると良い。
お前の力、しかと見せてもらおう」
僕は剣を抜き、ジャンヌの前へとおどりでた。
「ジャンヌ、そこまでだ。
君を堕落させたりはしない!
一緒に村へ帰るんだ!」
「くっくっくっ…笑わせる。
何を言うかと思えば。
聖女は、闇へと連れていく。
拒むというのなら、そなたもひとつの魂となり、聖女と共に闇へ堕ちるがよい!」
禍々しいオーラが僕を包み込む。
体が闇に蝕まれていくのを感じる。
「クソッ…体の自由が…」
「くっくっくっ…。
どうした?もう終わりか?」
ここで倒れれば、ジャンヌは闇に囚われてしまう…。
僕は何のためにここまで来たんだ……?
そもそも、僕は………。
ひとつひとつ記憶が消えていく。
「フッフッフ……。
まもなく、聖女の
聞けっ、愚かな人間どもよ!
堕落した聖女と共に闇の世界へと向かうのは、もうまもなくだ!」
ジャンヌの背中から黒い翼が生える。
彼女の目は人形のように虚ろになってしまっている。
体は完全に悪魔の支配下になってしまったのか……!?
(ジャンヌ…!)
そうだ………
僕は………ジャンヌのために強くなるって決めたんだ!
彼女を守るため…それが僕の願いだった!
「うぉぉぉっ!」
僕の剣が今まで見たこともないほどの輝きを放った。
「ひ……“光の剣”だと……!?
あの剣を人間が持てるはずがない!
なぜだ…………!?」
ジャンヌに取りつく悪魔が驚愕の顔を浮かべている。
「ジャンヌの体から消えろ!」
僕は、悪魔本体の翼に剣を突き刺した。
グオォォッ…!
(やったか……!?)
翼は、白い炎に包まれ、燃え尽きた。
ジャンヌの体から悪しき気配が消えていく。
もとに戻った彼女はその場にバタリと倒れた。
僕は駆け寄ると、ジャンヌの身体を抱き上げた。
「ジャンヌ、ジャンヌ!」
「………ミカ……エル……?」
瞳の色も声ももとに戻っている。
「よかった、戻ったんだね!」
「助けに来てくれたの…?」
弱々しく、ジャンヌの手のひらが僕のほほに触れる。
「嬉しい………。
これで一緒に村に帰れるんだね」
「ああ、いつまでもずっと一緒さ。
ジャンヌ………愛してる」
「私も…愛してるよ。
本当に…ありがとう…大好き」
ジャンヌの瞳から涙が溢れ、彼女が目を閉じるとほほを伝って雫となった。
「………もう離れたりしない」
体制を立て直した軍勢が僕とジャンヌを取り囲む。
数えきれないほどの剣が僕たちに向けられる。
「……ジャンヌ?」
「………なあに?」
「僕は君を守れたのかな?」
「もちろんだよ。
ずっとあなたのこと見てたもん。
私のために強くなってくれてありがとう」
静かに微笑む彼女の体をきつく抱きしめ、僕はゆっくりと目を閉じた。
このぬくもりを二度と手放さぬよう、抱き続けるのだと強く心に刻み込んで…………。
それから約20年後
フランス軍は大陸からすべての敵軍を追い払い、百年という長きにわたる戦争を終結した。
ようやく訪れた平和への喜びとともに、宗教裁判によって異端とされたかつての救国の少女は、その姿も、その名前さえも、人々の心から消え去ってしまった。
人々が少女の存在を思い出したのは、それから約500年後のこと。
1920年
時の教皇ベネディクト15世により列聖され、少女は聖人となった。