しかし、この日を過ぎても、ジャンヌ・ダルクは生きていた。
人々から忘れ去られたジャンヌ・ダルクのその後の物語。
~忘れられたはじまり~
無数の剣を向けられたまま、僕とジャンヌは捕らえられた。
闇に堕ちかけたジャンヌの力を兵士たちはひどく恐れたが、すでに闇が去ったとみると、再び火刑の準備にとりかかった。
「ミカエル……ミカエル……?」
ジャンヌが消えてしまいそうな小さく細い声で僕を呼ぶ。
「何だい…?」
「ミカエル……もうどこにも行っちゃやだ……。
ずっと…そばに…」
「ジャンヌ…」
気を失いかけてる。
今のはきっと心からの言葉。
「………」
故郷のドンレミ村には帰れなかったけれど、最期にジャンヌは戻ることができたのだろうか。
聖女ではない、ただの一人の少女に………。
「ジャンヌ…」
その時、大声で合図がかかった。
火刑台の準備が整ったらしい。
乱暴に連行される。
松明も運ばれてきた。
いよいよ刑が執行されるのだ。
潔い覚悟を示そう。
…………僕は聖女の騎士、聖女に愛された男だ。
その誇りを胸に彼女と共に最期を迎えよう。
そして、命を落としたあともいつまでもずっとジャンヌのことを守るんだ…。
「待て!」
「…この声は?」
声の主は、あのオリビア。
「再び火刑台に縛り付けるとは、なんと愚かなことを!
そんなことをすれば、その娘は再び闇に堕ちるぞ。
お前たち、また市民らを犠牲にする気か?」
それを聞いた兵士たちには大きな動揺が走る。
さっきだけでも、100人以上の犠牲が出ていた。
道々にはまだ市民たちの亡骸が残されたままなのだ。
「聖女の始末については、本営の通達を待たねばならぬ。
今日の火刑は中止だ。
今一度、牢に閉じこめておけ!」
「オリビア…」
それから、僕とジャンヌは別々の牢獄に入れられた。
命は少し延びたものの、僕はまたジャンヌのぬくもりを失った。
「ジャンヌ…」
その時、牢の扉が開いた。
やって来たのは…
「オリビア…」
「あまり時間はない、よく聞け」
「……?」
「お前を逃がしてやる」
「なっ……?」
「聖女は隣の塔だ。
見張りがいるが、そのくらいは自分でどうにかしろ。
そして半刻以内に街を出るんだ。
その後はどこにでも行くがいい」
「何を言ってるんだ?
僕たちを逃がしたりしたら、お前が……」
「問題はない。
今日の騒ぎで命を落とした中にはお前たちと同じ年頃の者がいる。
お前らの身代わりにさせよう。
感謝と祈りは彼らに捧げろ」
「しかし…」
「まだ信じられないか?
それともこれが罠だとでも?
今さらそんなことをする必要がどこにあるんだ?」
「なぜだ?
どうしてそこまでして…」
「ふん、いちいち理由が必要とは面倒な男だな。
………簡単に言えば、罪のない市民を救った礼と、剣士としての敬意だ」
「礼と…敬意?」
「闇に堕ちた聖女を倒さなければ、死者は何倍にもなっていたはず。
お前はそれを止めてくれた。
そしてあれほどの化け物を己の剣だけで退けたその力……火刑に処すには忍びない」
「オリビア…」
「ただし…フランスへは戻らないこと、二度と戦争に参加しないこと。
この2つを誓え、それが条件だ」
「…わかった。
誓おう、この剣にかけて。
フランスへは決して戻らない。
戦争にも二度と参加しない」
「よし、ならば行け。
もう時間はない」
「……ありがとう、オリビア。
君のことは忘れない」
「ふん」
それから僕は牢を飛び出した。
「君のことは忘れない………か。
私もあなたのことは忘れない。
私が負けた、ただ一人の男………さようなら、ミカエル」
牢を出た僕は、ジャンヌのいる塔へと走った。
塔はすぐ近く。
深夜の街中には人影もない。
難なく塔へ忍び込むと、上階への階段をかけ上がる。
オリビアが言っていた通り、牢の前には見張りがいる。
約束の半刻まで、時間がない。
僕は短時間で見張りを片づけると、ジャンヌのもとへ行く。
「ジャンヌ…ジャンヌ!」
「…………?
………あ………!
ミカエル…?
まさか…そんな…!」
「ここから逃げるよ、ジャンヌ。
立てるかい?」
「なんで………?どうやって………?
それとも、これも夢………?」
「夢じゃないよ、ジャンヌ。
君のことを助けに来たんだ。
でも話は後だ、今は時間がない」
「……ミカエル!」
ジャンヌの手を取り、塔の階段を急いでかけ降りる。
ルーアンは前線拠点じゃないから警備の兵もほとんどいないけど、慎重に慎重に、物陰を進む。
それからオリビアに言われた通り、ルーアン北門へ向かい、僕たちは静かに城門の外に出た。
「夢じゃない…。
夢じゃないよね…!?」
「ああ」
それからジャンヌは僕の胸に飛び込んでくる。
「まさか……まさか……助けてくれるなんて……。
ミカエル………ミカエルっ…!」
ジャンヌは泣きながら僕の名前を呼ぶ。
僕もきつくジャンヌを抱きしめる。
「今度こそ…絶対に離さない」
「うん…!」
「でも、とにかく今は走ろう。
追手が来ないとも限らない。
事情はあとで話すよ。
行こう、ジャンヌ」
僕たちは手を取り合って西へと向かった。
ルーアンから丸一日進めば、海岸に着くはずだ。
そこから船に乗って、その先のことはその時に考えるとしよう。