「……しばらくの間、私と会えなくなったら悲しい?」
鍛練を終えると、ジャンヌがふとそう言った。
「そりゃ悲しいさ。当たり前だろう?」
「どうして悲しいの?」
「どうしてって……それはその………。
いや、今さら言わなくても分かるだろう?恥ずかしいよ」
「…………」
「ジャンヌ?」
「ねえ、ちゃんと教えて?
どうしても聞いておきたいの」
「ジャンヌ…」
そこで教会の鐘が鳴り響いた。
軍議の開始を告げる鐘の
「………」
ジャンヌはそのまま何も言わずに行ってしまった。
何かあったのかな………。
――――――――――――
ジャンヌは、この事を心配していたのだろうか……?
その日の軍議ではこれまでの論功行賞が行われた。
ジャンヌ隊に対しての評価は著しく高く、兵士たちにはフランス全軍中、最多額の褒賞金が与えられた。
そして、オルレアン解放とランス戴冠の最大の功労者であるジャンヌは、なんと国王から直々に貴族の称号が贈られた。
ただの農村の少女が貴族になるなんて、フランス史上初めてのことだ。
すごいな……おめでとうジャンヌ。
君の思いが報われて良かった。
………そして、僕も砦攻略やオリビア撃退、ジャンヌ救出などの活躍が認められ、方面部隊の部隊長に任命された。
これも異例の大抜擢だ。
仲間たちはみな、その栄誉を祝福し喜んでくれたが、僕は大きく動揺していた。
僕が任命されたのは、パリからは遠く離れたアキテーヌ地方の方面部隊だったからだ……。
その日の夜……
「すごいじゃない、部隊長なんて。大出世だね。
でも、ちょっとずるいわ。
稽古をつけてあげたのは私なのに。
その私よりも偉くなっちゃうなんて……」
ジャンヌは楽しそうに話す。
そしてふと、寂しげな表情を浮かべる。
「……でも、これでまたお別れだね……。寂しいな…」
「……ジャンヌ」
「……」
「……ジャンヌ、僕は行かない……、……行けない……」
「………」
「君を守ることだけが僕の望みだ。
そのために、ここまで来たんだ。
軍で出世したかった訳じゃない」
「……」
「ようやく君を守れるようになったのに、君のそばを離れるなんて……できない」
「……」
「ずっと考えてたんだ。
…………僕と一緒に
「………ミカエル」
「君は十分に戦った。もういいだろう?
村に帰って、もとの生活に戻ろう。
そして一緒に……」
「……」
「一緒に暮らそう。
二人で、ずっと一緒に…」
「ミカエル……」
涙ぐむジャンヌの体を僕は静かに引き寄せ、抱きしめた。
「嬉しい…ありがとう。
私もずっとミカエルと一緒にいたい…。
村に帰りたい。
もう…戦いたくない」
ジャンヌのひとつひとつの言葉が本当の願いだとわかった。
「ああ、もういいんだ。
これからすぐに出発しよう。
村のみんなも、きっと喜んでくれる」
すると、ジャンヌは静かに体を離す。
理想の世界から急に現実に戻る感覚。
「………」
「……ジャンヌ?」
「………でも、まだダメなの。
いま私が抜けたら…みんなが困るし…。
国王様とも約束しちゃったの…。
パリを取り戻すまでは軍にいるって…」
「ジャンヌ…そんな…」
「ミカエルだって、もう簡単には軍を抜けられないわ。
今回の任命を断ったりしたら、忠誠を疑われて反逆罪に問われるかも……」
「それは…」
落ち着いて考えると、確かにその通りだ。
「それなら、僕が問題なく軍を離れるためには…?」
「とても大変だと思うけど…大きな戦果を挙げることができれば、褒賞の代わりに退役を選べるの。
そうすれば、大手をふって村に帰れるはずよ」
「そうか、そういう方法もあるのか」
「そして私は、あと一年くらいあれば、パリを落とせると思う」
「一年……」
「だから…。
だから…ね?」
「ジャンヌはパリを取り戻して、僕はアキテーヌで戦果を挙げて、円満に軍を辞めて、一年後にドンレミ村で再会しよう…そういうことだね?」
「……うん」
「わかった、約束しよう、ジャンヌ。
僕は一年以内に大きな戦果を挙げて必ずドンレミ村に戻る」
「……うん、約束。
次に会うのは、ドンレミ村。
その時、私は聖女じゃなくて、ミカエルのお嫁さんになるんだね」
――――――――――――
こうして、僕はジャンヌ隊を離れ、アキテーヌ地方へと向かった。
ジャンヌと離れるのは本当につらかった。
お互いの気持ちを確かめたあとだけに尚更だ。
だけど、僕が一年以内に大戦果を挙げることさえできれば、僕たちはきっと村で幸せに暮らせる。
その希望が僕を支えている。