旅をしたいのに周りが許してくれない!   作:どこにでもいる名無し

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 今回は趣向を変えてみました。


ヴェルトの場合

 

「…王手だ」

 

「あっやべ」

 

 星穹列車、そのラウンジにて二人の男が遊戯を嗜んでいた。一人はメガネをかけた壮年の雰囲気を纏う男性、彼はヴェルト、別の世界から訳あってやってきた異邦人である。そしてもう一人はウェクトル、彼らは将棋という東の国に伝わる卓の上で駒を操る遊戯をしている。ウェクトルの『暇そうだな、よかったら将棋やらないヴェルト?』の一言から始まったのだが、言い出しっぺの本人が絶賛ピンチに立たされていた。

 

「…うーん」

 

 苦い表情で必死に考え込むウェクトルとは別にヴェルトはどこまでも冷静だ。現に珈琲を嗜んでは彼の顔を見て余裕の笑みを浮かべている。

 

「えらく悩んでいるな」

 

「そりゃ油断したとはいえ王手取られてんだから悩むに決まってるさ、この場面抜けるのは可能だけど、詰みの一手がありそうで怖い」

 

 実のところ、ヴェルトに将棋を仕込んだのはウェクトルだ。それだけじゃない、幼い頃のヴェルトに様々な遊びを教えたのは彼だった。

 人生の大半を戦場に注ぎ込んだ英雄に、いつしか安息の日々ができた時、過ごし方に悩まないようにと願って行った行為だが、まさか教えた張本人が負けそうになっているとは。面目が立たないとはこの事だろうか。

 

「長年生きてるけど、流石に遊び関連だと経験が浅くてな。教えるのはできても、それが勝ちに繋がるかはまた別の話だ」

 

 ヴェルトとウェクトル、二人は誰よりも長く生きてるが故に様々な経験をしている。人との接し方、身なりにあった生活、他にも戦場など、挙げるべき点は枚挙にいとまがない。しかし、ウェクトルの場合は長年生きた癖に頭を働かせることは唯一苦手としてるのはどういう訳か。

 

「うーん、ただ勝負するだけじゃ面白味もないし、こうしないか?」

 

 いまいち刺激が足りないと苦言を呈して、一つの提案をした。

 

「負けた方が姫子のコーヒーを飲む。もちろん残さずな」

 

「…お前、本気で言ってるのか?」

 

「願いの申し子に二言はない!」

 

 知らない人に言わせてもらうと、姫子の珈琲はクソ不味い。それはもう不味い。姫子自身は気付いていないが、他の人が飲めばまず間違いなく吐き出してしまうくらいには、あと丹恒が精神の鍛錬の為に飲むくらいには味覚を狂わせる一品だ。

 しかもコーヒーだけに留まらず、彼女が作る料理は全て不味くなっている。見た目こそ綺麗だが、過去のヴェルトは物理的に火を吹いた事がある。

 二人の味覚は至って健全。であればそんな物を飲んでしまえばまず間違いなく良い結果にはならないだろう。

 

「あっこの提案飲まなかったらお前の負けだから」

 

 逃げ場を無くされた。

 流石のヴェルトも古くからの仲である彼に負けるのは思うところがあるのだろう、僅かながら苦い表情で固まっている。

 

「いいだろう。優勢なのはこっちだ、このまま押し切らせてもらう」

 

「そうこなくちゃ」

 

 その一言を皮切りに、二人は淡々と将棋の駒を運ばせる。無言で、無音な二人の空間にはパチッ…パチッと駒を卓に押し当てる音だけが響いていた。

 

「…なぁ」

 

「なんだ」

 

 しびれを切らしたのか、彼はヴェルトに話しかける。

 

「お前がこっちに来た理由って、ここの姫子助けたい為だったよな」

 

「そうだが、なんだ藪から棒に?」

 

「いやさ、嫁さんほったらかしにして大丈夫なのかなーと」

 

「……大丈夫、とは言い切れないだろう」

 

 ヴェルトには嫁がいる。とある事件をきっかけに長命者となってしまった彼女は、今でもヴェルトが元いた世界で過ごしている。

 正義感があるのはいい。だがそれとこれは話が別だとウェクトルは考えている。大切な人との離別は両者に良くない後味を残す。これは彼の実体験、何度も何度も気が遠くなるような歳月の中で欠けることなく残り続ける残滓だ。誰よりも長く生きる彼でもこれだけは慣れない。

 

「だよな、嫁さん怒ってるんじゃないか?」

 

「そうだな、早く元の世界に帰る手段を見つけないと」

 

「彼女〜とか夫婦〜とか、気難しい関係で困るのは第一律者でも同じなんだな。お疲れ様」

 

「好き勝手言っているが、お前もそうだろう。死んだ筈の人間、それもただの空似なんかじゃない。俺たちが知ってるウェクトルだ。生きてるなんて知ったらどうなるか」

 

「知ったところでどうなる事もないと思うけどな」

 

 何気なく、駒を動かすのと同時に放った言葉にヴェルトは顔を僅かに顰める。

 

「お前はわかっていない。自分の存在価値を、そしてどう思われているのかを」

 

「えぇ?なんだよ急に」

 

「お前とキアナの別れは聞いている。無茶の果てに死んでは世話がないな」

 

 キアナとは彼が学園で生活する中でできた親友である。時には共に悪事をして先生に頭にコブを作られることもあれば、励まして前に進ませる役目を担うこともあった。崩壊の消滅を願われた彼はその願いを叶えるために自らを犠牲に対消滅したが、そこにはキアナの介錯という方法も含まれている。

 

「うるさいよ。…まぁ、キアナには悪いことしたとは思ってるけどさ」

 

「キアナは怒るかもしれないな」

 

「その時は、堪忍だなぁ」

 

 キアナと彼の別れは最悪と答えて間違いない。ウェクトル本人はどうとも思っていないが、一方的に別れを決められたキアナは堪らないだろう。ヴェルトはそんな二人の関係をわかっているからこれから先、彼が鉢合わせてどうなるのか不安でならなかった。

 

「強くなったとはいえ、一人の少女であることは変わらない。これは覚悟した方がいいだろうな。…王手だ」

 

「雷電とブローニャがいるからそうでもないと思うけどな。……あー、これは詰みだな」

 

「投了か?」

 

「負けたよ。約束通り姫子のコーヒー飲んでくる」

 

「待て」

 

 椅子から離れ、その場から去ろうとするウェクトルにヴェルトは呼び止める。

 

「キアナは、お前が思う以上に執着しているだろう」

 

「…?よくわからないけどわかったよ」

 

 そう言って、姫子のいる場所へと移動する。

 ヴェルトから発せられた言葉、その意味をウェクトルは知らなかった。

 彼は旅人だ。一個人に対して想い等抱かない。

 彼は流浪の人だ。長年生き得た精神性は他人では推し量れない。

 彼は怪物だ。自己犠牲でその身を削って尚笑っていられる人間が他にいるだろうか?

 だからこそ波長が合ったのだろう。律者として人の領域を踏み越えた彼女と、何もかも想像の外で成り立つ彼との仲は。その事実を知らないのはウェクトル本人だけだ。

 

「もっとも、今のお前じゃ抵抗もできず組み伏せられるだけだろうが」

 

 ヴェルトの独白は誰にも聞かれず、その空間で霧散する。

 この列車で、ウェクトルの置かれてる危機を知っているのはヴェルトだけだろう。





「神の鍵…ねぇ?名前は尊大だけど、神ってそんなに偉いのか?」

「君は…ふふふ、これは驚いた。僕の知識を以ってしても遥か外にある存在がこんな場所にやってくるとは」

「その様子だと俺の事は知ってるみたいだな。なんでここにいるかご存知か?」

「あぁ、もちろん…と言いたいところだが、僕が用のある人間は君じゃない。第一律者…『エデンの星』の力だよ」

「こうして君が目の前に立っている事実に僕は正直、困惑している。願いの申し子…宇宙外の怪物、もしかして僕の願いに呼応してやってきたのかな?」

「お前のそれは願いじゃない。ちょっとした好奇心と、自分なら成せるという確固たる自尊心から出た計画だ。俺がこうして来たのは…そうだな。お前の悉くを否定するために来たと言うべきか」

「崩壊の破滅者…いや、虚空万象。お前の計画は都合の悪いものばかりでできている。主役が消える可能性はその人を知る人達以外に、宇宙そのものが良しとしない。はっきり言ってやる。お前の計画は粗が多すぎる」

「これは手厳しい」

「だから、俺が選ばれた」

「どういうことだい?まさか、君が『エデンの星』の代わりをしてくれると?」

「違うなぁ、全く違う。エネルギー同士の対消滅なんてナンセンスだ」

「では、どうするんだい?はっきり言って僕の知識では君の力は未知数だ。得体の知れない力に頼る程、僕は崩壊に焦りを感じていない」

「崩壊を取り込む」

「…へぇ?」

「宙喰いを使って無理矢理押し込める。もちろん膨大なエネルギー量で俺は耐えられないから、心臓を地球の核に埋め込んだ後に自爆して崩壊諸共消えることにする」

「俺という存在を以て、この世界は完璧となる。心臓は地球の核となり、滅びの一切合切を断絶する」

「それは傲慢だ。君の言葉を借りるとしたらナンセンスだ。仮に上手くいったとして、君は間違いなく死ぬ。一人の死で見れば結局僕のと変わらないじゃないか」

「ヴェルトは大切な人が多くいる。対して俺はどうだ?一人の死でも、そこに生じる悲しみは少ないんだ。なら迷う必要はない」

「名に違わない歪振りだ。端から端、その全てが曲がり切っている。いいだろう、君が事を成す姿を見届けてから僕はどうするか決めることにした。精々頑張ってくれたまえ」

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