旅をしたいのに周りが許してくれない!   作:どこにでもいる名無し

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ヒアンシーの場合

 

「うわ〜ん!いたいよ〜!」

 

「はいはい。まったく、ちゃんと足元見て走れよな」

 

 膝に擦り傷を付けた子供が泣くのを宥めて、ウェクトルは止血する為に絆創膏を貼る。現在、彼は星と丹恒とは別の区域で活動しており、こうして人助けをしていた。

 街並みを知る為にも人との接触を増やして、困ったことがあれば意欲的に助けに行く姿勢もあってか周りからは既に知られた顔になり、こうして怪我をしていた子供と遊んでいた子供にも頬を引っ張ったり髪をぐしゃぐしゃにされたりと顔で遊ばれるくらいには人気者になっていた。

 

「にいちゃんにいちゃん、おれともあそぼうよー」

 

「おーう、でもその前におじちゃんの頭から離れようなー」

 

 遠回しに自分を『おじちゃん』と訂正させながら、肩車の状態から離れない子供を離れるよう促す。

 すっかり街の顔馴染みと化したウェクトルは今もこうして子供の世話をしながら人の傷を癒している。

 

「ス〜た〜ん…!」

 

 声の方角から桃色の髪の少女が手を振りながら駆けてくる。

 

「おっ!ヒアンシー、待ってたぜ」

 

 ヒアンシーと呼ばれた少女は医療を得意とした看護師である。瀕死の患者を癒すのもそうだが、心の病すら治療することのできるその術は彼にも大きな関心を寄せていた。今回、こうして二人が会う理由はウェクトルの身体の治療によるものが大きい。元々、ヒアンシーとの距離感は妙に近いのだが、最近は特に傷の治療と傷して傷を塞ぐ為の包帯を交換する為に庭園へ訪れていた。

 

「ありがとうございます。手伝ってもらっちゃって」

 

「いいって、気にしないでくれよ。それに…」

 

「困った時はお互い様…ですか?」

 

 次の言葉を言おうとした時、遮るようにヒアンシーから取られたその台詞は間違いなくウェクトルが話そうとした次の句である。

 むぐっ…と詰まる口に、ころころと微笑むヒアンシー、ちなみに言うと、今こうしてる間も子供達はその光景を呆然と眺めていた。

 

「おにーちゃんとおねーちゃんはこいびとー?」

 

「あっ!ぼくしってる!ちゅーするんでしょちゅー」

 

「こ…恋人だなんて…そう、見えますかね…?」

 

「恋人ではないかな。あとそういうの冷やかしだからな、他の人にやらないように」

 

 子供達の純粋な疑問に自然と返すウェクトル。関係について否定をしながら、それとなく注意もすれば子供達も『はーい』と元気に返事をする。

 それとは別にヒアンシーの顔はどこか寂しさを感じるものだった。子供の疑問にあたふたとどう言葉を返せば良いのかわからず、しどろもどろになる間はどうも嬉しそうではあったが、ウェクトルの断定する物言いにその気持ちは鳴りを潜めてしまったらしい。

 

「それじゃ時間だな。親御さんも心配してるだろうし、そろそろおかえり」

 

「はーい」

 

「お兄ちゃんまたねー!」

 

「お姉ちゃんもばいばーい!」

 

「…ええ!みなさん、寄り道せずちゃんと帰るんですよ!」

 

 三者三様、それぞれが別れの言葉を口にしながら、その場は解散となった。今この場にいるのは二人だけで、周囲には人もそんなにいない。

 

「元気な子達でしたね」

 

「そうだなぁ、やっぱり子供は元気じゃないと」

 

「お兄さんなんて慕われてましたね」

 

「まったくだよ。いい歳した親父をみんなしてからかってさ」

 

「ふふふ、おじさんと呼ばれるには少し若すぎる見た目ですからね、スーたんは」

 

「けっこう気にしてるんだ。でもこの姿は俺のアイデンティティだから…」

 

 こうして話せば尽きることがない。短い間で過ごした出来事だって楽しそうに話して、ちょっとした問題に看護師としてアドバイスをすれば、そのことについて詳しく書いてみたり、二人の間は実に良好であった。

 その中で、ヒアンシーはふとした質問を投げてみた。

 

「先程…子供達に恋人と勘違いされてました…よね」

 

「あぁ、子供の無邪気な考えだし、そんな気にする必要はないと思うよ」

 

「ち…っ、違いますよ!」

 

 ウェクトルは自身と恋仲に見られるのはよく思っていないのではないかと先程の子供達から言われた言葉を気にしないように言うが、どうやらそれは違うらしい。

 

「スーたんは…恋人に見られるのは、嫌ですか…?」

 

 両手の人差し指を合わせて、もじもじする様子のヒアンシーを見て疑問を浮かべながら、その質問の意図を汲んで、ありのままの感想を言った。

 

「ヒアンシーは人との仲を取り持ったり、人助けもするし、こうしてオレなんかの怪我を治してくれるよな。」

 

「…うん、ヒアンシーみたいな可愛くて強くて立派な人が恋人になってくれるのは嬉しいかな」

 

「………………………………」

 

 長い、永いウェクトルから見たヒアンシーの良い所を語る時間から突然、そんな言葉が返って来た。

 その顔はいつも見る余裕のある微笑みとは違う、頭の後ろに手を置いて、照れくさそうにその頬を薄い桃色に染めていた。

 そんな姿を見てしまったヒアンシーは、何を語るでもなく、その眼差しをただウェクトルに向けて、ひたすら見ていた。

 

「なんか、変な感じになっちゃった。らしくないらしくない」

 

「このままだと変な空気になりそうだし、早く庭園にいかない?」

 

 慌てて言うその様子もヒアンシーは何も言わず、その姿を脳の奥底にまで焼き付けるように凝視していた。

 

 

 ………………

 

 

 それは初めて彼と出会った時の事。

 一目見た時の印象は、「子供」その一つだった。自由奔放にお人好しが人間の形をしてるような人で、グレーたんとはまた違った濃い印象だったのを覚えている。

 接していく内に親しくなって、愛称も付ける仲になっていた。

 

『なんて呼べば…。……流れ星…星…スター…』

 

 星のような人だった。颯爽と現れては人々を導いて、その刹那的な在り方に気付けば、星に関する愛称で呼ぶことにしていた。

 

『スーたん!これからよろしくお願いしますね』

 

『…そっか、これからよろしくヒアンシー』

 

 何か感慨深い顔で、呼ばれた名前を喜ぶウェクトルとの関わりはここから始まったのだろう。そもそも人を助ける彼は怪我人を治すこともあれば、ヒアンシーを見つけてはそういった専門を任せていた。

 なんてこともあり、怪我人の処置を施す回数もあってかヒアンシーとはこのオンパロスでもよく会う人物として愛称で呼ばれていた。こうして招待された庭園も既に二桁の回数を迎えており、今座っている椅子も馴染みのあるものであった。

 しかし、その庭園に出向く理由は決して穏やかではない事情も存在しており、今回はその例であった。

 

「もうっいつもいつも怪我をして!これじゃ治る傷も治りませんよ」

 

「いやー…でもコレくらいしかできないからさ、勘弁」

 

「勘弁じゃありません。スーたんが無理をすると、周りもその無理を支えなくちゃいけないんですから」

 

「それ言われると…弱るな…」

 

 人に迷惑をかけている事実を、人を治す立場の人間として指摘されれば反論もできなくなる。弱い自分をどうにか脱却して、少しでもこの星に貢献できればと街の発展の手助けをしたいと頑張る姿は、無碍にするものでなくとも、率先して行って欲しいものではない。

 

「だから、何かする時は誰よりも先に私に頼ってください」

 

「…善処します」

 

「善処じゃダメです。」

 

 苦々しげに、遠回しに断ろうとすれば、ヒアンシーはすぐにそれを却下する。こうしてヒアンシーに頼るという事実でさえ申し訳なさがあるのに、これ以上何を頼れと言うのか。

 えー…と頑なに了承しないウェクトルを見て嘆息すれば、ヒアンシーは彼の瞳を見つめる。

 

「私じゃ頼りないかもしれません」

 

「いや、それはない」

 

 ヒアンシーが何かを語り始めた時、ウェクトルはその発言をすぐに否定した。

 

「ヒアンシーはよく頑張ってる。みんなの為に行動して、こうしてオレの怪我を治してくれてる。みんなが無理できるのもヒアンシーのおかげだし、オレも君のおかげでみんなの手伝いができる。だから頼りないなんて言わないでくれ」

 

「……そういう所なんですよね…」

 

 一気に締まらない空気となってしまった。熱を持ち始めた頬を本人に見せないように顔を隠し、対して当人はどうしたのかと疑問を持ちつつも自身の治りきった体を確かめていた。

 

「とにかく!スーたんは一人で行動しようなんて思わないでくださいね!約束ですよ!」

 

「善処するよ」

「善処じゃダメです!」

 

「……はい」

 

 有無を言わさない様子に、ウェクトルも思わず受け入れてしまった。

 

 

 …………………

 

 ウェクトルが庭園から離れ、その場にはヒアンシーだけが残されていた。その手には長い布キレが置かれていた。

 黄金裔とは違う色の血液が染み込んだ布、それをヒアンシーはゆっくりと、しかし近づく度に濃くなっていく香しい匂いを楽しみながら顔をあてがう。

 

「…スゥーーー………ふっ…んっ…」

 

 鼻と布との距離が無くなれば、そのまま深く吸い込む。人の体を巡る生命の液体が染み込んだ布から漂う鉄の匂いがヒアンシーの備考を擽る。

 内側から湧いてくる妙な感覚に両の脚を固く結ぶ。

 

「スーたん…スーたん…」

 

 思うのはこの血の持ち主、いつも笑顔を振り撒き、いつだって人の運命の為にその身をやつす献身を具現したかのような異邦人。

 医療の道を携わる者として不衛生なのは承知している、しかしこの行為に及んでいるのは一重に彼に対して好意を感じているからだろう。

 重く、暗く、何やりも甘く、身を焦がすかのような恋慕がその身に宿り、矛先として当の本人が巻いた包帯に向いていた。

 

「んっ……ふふっ…」

 

 嗅ぐ度に、脊髄から快を含んだ電気信号が送られる。意識が朦朧として、脳が一瞬を痺れを何度も引き起こしていた。

 何か大きな衝撃が脳を駆け回ろうとしたその時、一つの記憶が溢れた。

 

「ふ…っ……う……ぁ…!」

 

 ふと、思い出したくもない記憶が蘇ってしまった。

 星が終わり、ボロボロに砕け散って、孤独に最後を奏でる彼の姿。だれよりも走り抜けて、その先に待っていたのが自己の破滅とは、ヒアンシーにとって耐えられる事実ではなかった。何よりも、その事実を忘れてしまうかもしれないというのが何より恐ろしかった。

 彼を見るたびにその末路を思い浮かべてしまい、どれだけ取り繕おうとも、沈む心が晴れるわけがなかった。

 

「あっ…あれ?おかしいですね…切り替えて前を向かう…って決めてたのに…」

 

 弱くても、掬い上げるための手が小さくても、工夫して、身を捧げて、最後に破滅した彼の末路を思い出して、感情が湧き上がるよりも先に涙が溢れていた。

 いけない。こんな顔を彼に向けてはダメだ。スーたんは人の悲しみが苦手で、そんな人の苦労を勝手に背負おうとする。

 その為に、こうして彼の優しさが染み込んだ包帯に顔を埋めて気を紛らせているのに。

 

「ああ…ごめんなさい、ごめんなさい…でも今はまだ…」

 

 こうさせて欲しい。

 万感の思いで呟きながら、ヒアンシーはひたすら彼に甘えていた。





 ウェクトルだとどこから取っても変な愛称にしかならないので、本名から引っ張ってきました。
 多分本名を知ったら教えてくれなかったことに対して悲しむのと同時に近しい愛称で呼んでいた事に鼻を高くするヒアンシーが見れます。
 あと汗と血の匂いが染み込んだ布を回収しつつ、その匂いを堪能するという重度の性癖。
 

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