旅をしたいのに周りが許してくれない! 作:どこにでもいる名無し
みんなと逸れてしまった…。
冷や汗を流しつつも、一人も住民がいない市街地でポツンと立ち尽くすウェクトルは漠然と今の自分を客観視していた。
現在、彼は迷子の身となってオンパロスを歩いていた。発端は彼の地に降り立つ際に起きた不祥事、列車が攻撃を受けた時、その攻撃をモロに受けたせいで誰よりも早くオンパロスに到着してしまったのだ。端末を開いて連絡を取ってはいるが、星と丹恒がいる場所がどこにあるのかわからない。地図もないので無闇に歩けば事態を悪化させてしまうかもしれない。既に数時間歩いたせいで悪化しているため手遅れになりかけているが。
「困ったなぁ…これで怒られたりしたらどうしよ…」
ピノコニーの件で、一人で勝手に行動したのもあって列車の面々にはかなり心配させてしまった。
運の悪さが重なってこうなってしまったのだから、恩赦があっても良いのではなかろうか…とサンドイッチをフードの中でくつろいでいたヴァルツェスと分け合いながら思う。
何やら憲兵のような人も溢れてきたことだし、身の安全を考えて立ち去ろうとした矢先。
背後から獲物が襲いかかってきた。槍だ、空を裂き、その矛先がウェクトルの頭を砕こうとしていた。
しかしその槍捌きは、己が知る身内には程遠い技量だった、前へ転ぶことで回避を成功させる。
「急に危ないな。喉に詰まったらどうする」
「滅びの具現、その気配を纏う者、お前、不穏分子なのは、確か」
口に含んでいたサンドイッチを咀嚼し終われば、そんなズレた方向性の文句を訴えていると、憲兵もといニカドリーの兵士は狂気を孕んだ声色でそう話すではないか。滅びの具現と聞いてウェクトル自身は何のことかわからず思案したが、その答えはすぐに出た。
「外敵を排除するその姿勢には賛美したい所だけど…やめといた方がいいんじゃないか?君じゃヴァルツェスを仕留めるのは無理だと思うけど」
兵士の狙いを理解したが、その無謀さは暗に語ることもなく、ばっさりと切り捨てる。
ウェクトルが別の宇宙で活動している間も、自らの役割をこなし、再現なく力を増していったヴァルツェスは弱くなった彼とは違い、時を重ねる毎に自分自身を超えている。その気になれば、その体躯を変容させこの星諸共喰らうこともできるだろう。
そんな存在の気配を感じ取り、排除しようと動く兵士には仕事熱心と感服はするが呆れもした。たとえ兵士が束で掛かろうと、ヴァルツェスは虫を払うように跳ね除けてしまうだろう。いや、そもそも虫とすら認識せず身じろぎ一つでここら一体を消し飛ばしてしまうだろう。もちろん、そんな力は彼も望まないので抑えてもらっているが。
そんなヴァルツェスとは違い、ウェクトルは別だった、囲まれれば勝ち目はない。いくら相手が弱くとも、それ以上に弱いのが彼なのだ。背後から彼の相棒が頼ってオーラを放っているが、力加減に失敗してこの街一帯を消し炭にされても困るため引っ込めた。異邦の旅人が足をつけた先で迷惑をかけるという行為は彼のポリシーに反する。
(ここは、逃げる一択か)
逃げの一手を打つことにしたウェクトルは足に力を入れてその機を伺っていた。
しかしそれは、一人の乱入によって無駄な労力と化した。
「…ん?」
鼻先に一羽の蝶が止まる。しかしそれは蝶ではない。一つの概念が断片的に形を成し、宙を漂っているのだ。
周囲に漂う深い眠りへと誘うような甘美な香り、その主が濃厚な死の気配を漂わせながら歩いて来る。
「驚きました、避難は済ませていたと思っていたのですが、まだ来客の方がいらっしゃるとは」
優雅な振る舞いの内に強者の風格を宿した白髪の少女がこちらへと歩いてくる。足元を見れば濃厚な死の匂いを漂わせる影から蝶の形を模した物体が際限なく生まれていた。
「旅のお方、来訪者のお二人が貴方を探しています。ご同行を」
兵士は彼女から発せられる影に当てられ、その場から動けなくなる。見事なカーテシーを見せてこちらに微笑を讃えるその少女にウェクトルは少女の特異性を瞬時に理解した。
一人の少女の邂逅により、ニカドリーの兵士は沈黙に伏すことになった。
「ありがとう、助かったよ。君は命の恩人だ」
所は変わり、親睦も兼ねて近づこうとすれば、その少女はたじろぐように後退してしまう。急な接近で驚いたのだろう、固定されたように動きを止めれば、申し訳なさそうにする少女を見やる。
「えっと、私は特異な体質をしているので、過度な接触は推奨できません」
前述の通り、彼女の纏う死の影は近づくもの無差別にその命を散らす。その性質故に人と距離をとってしまうのは彼女の癖らしく、その例に漏れずウェクトルは距離を取られた。
「じゃあいずれ来るであろう触れてくれる人が現れる前に慣れとかないとな」
そんなこと知らんと言わんばかりで、強引に手を取る姿勢に目を見開く。先も申した通り少女の権能は触れる者近づく者全てを死に招く。あの冷たく、静かで孤独な都市国家で育ち、果てには聖女として崇められた彼女は、この力を疎んでいる。だがこの男はどうだ、危機感のない顔で少女の片手を包んでいる。彼は触れても何の異変もなく感謝の意を伝えている。死の影に触れても平然としていた。
それは彼女にとって未知の経験だった。
何よりも、握られたその手は感じたことがない温もりを有していた。
(暖かい…)
じんわりと広がる心地よい熱を肌で感じながら、握られた手を見つめていた。
「大丈夫、オレは死なない」
ウェクトルも彼女を真っ直ぐな瞳で教え諭すように伝える。
「………」
惚けた顔でウェクトルを見る少女は、視線を下に向けて、その握られた手を握り返す。
男らしく逞しい手でありながら淑女のような滑らかな肌、女性とも男性とも取れるきめ細やかな手を堪能してはその温もりを感じる。
「それはそうと、こんな場所じゃ落ち着いてもいられないか」
パッと手を離し、死屍累々と化した街の中を見渡す。死の気配に当てられ、意識を失った兵士の群れが倒れ伏す現場は彼の言う通り落ち着ける状況ではなかった。
手を離され、僅かに残る温もりが消えてゆくのを名残惜しそうにする少女はウェクトルを見やる。
「せっかくだし一緒に歩こうぜ?お互い何も知らないわけだし」
彼の提案に、彼女もまた頷く。こうして、出会ったばかりの二人の束の間の時間が生まれたのだった。これがウェクトルとキャストリスの初の邂逅であった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
その最後を見たのは全員だった。
死を幾度となく目にした彼女でさえ、その様はあまりにも惨たらしく、人に憐憫の情を抱かせる末路であったのは、彼自身が彼のことを欠片も気にしないせいだ。
温もりを与えてくれた人が、誰よりも冷たい底で朽ち果てようとしたその時、彼女達は彼の命によって過去の世界に飛んだ。
未来の記憶があるというのは、理解すると想像よりも嫌悪感に満ちるものだ。ふと自覚した時にはもう、彼を探さずにはいられなかった。最後に行使した力、それがなんなのかわからずとも、彼には扱い切れる力ではなかったのは確かだ。そしてその末路を思い出せば、もしかしたらこの世界に彼はいないのではないかと思わずにはいれない。
探して、彼はいた。
きっと辛い思いをしたのだろう。その心労を抱えて彼はここに来てくれた。それがどうしようもなく嬉しくて、ついいつもの癖で抱擁を交わしてしまった。
彼が生きている以上、この先に待つ道は荊だ。彼は進んでその身を傷つけながらも跳ね除けて、その轍を他者に譲るような人間だから。
…だからこそ、私は彼の重荷を少しでも和らげられるような、そんな彼にとって任せられるような人でありたいと思ったのです。
…ですが…。
「そっか…キャストリスは偉いね」
そう言って優しく撫でられる。男らしくも華奢な指が頭部に優しく触れ、髪をとくように上から下へと滑らせる。指先から伝わる熱が髪の毛を通してキャストリスへと繋がる。直接感じているわけでもないのに、触られているという背徳感とこんな姿になりながら自身の存在を肯定される事実が、彼女をどこまでも蕩かしていた。
キャストリスは絶賛、ウェクトルに甘やかされていた。今まで父性も母性も感じたことのなかった彼女が内に秘めた欲を彼が読み取って、それを実践したのである。こうしてされるがままになればもう後戻りはできない。永い時を生きてきた彼にはそういった人に対して何かを求める相手の対処は多くしてきた。それも相棒のヴァルツェスは彼自身が産んだ命だ。幼い命の世話は慣れている、父性も母性も求められればできるのだ。
「今までたくさん苦労した、でもそれを言い訳にしないでここまで頑張ってきた。それは賞賛されるべきものだし、オレ自身もキャストリスを尊敬してる。本当に偉いよ」
(このままでは…私は赤子になってしまうかもしれません…)
キャストリスは至って真剣である。意中の殿方、それも自らが持つ死の堪能が効かない人間が、膝枕をしてくれて、頭を撫でられながら、自分の存在を肯定してくれるなど、誰もが堕ちてゆくだろう。
深い、深い安心に包まれて、何もかもが微睡みに満ちていくような感覚に、ウェクトルも気づいたのか自身の羽織る衣装を毛布としてキャストリスにかける。
「眠くなったなら、寝ても良いんだよ。大丈夫、離れたりしないから…ほら、ちゃんと手も握って、ねんねしようか」
「はわわ…」
彼の匂いに包まれて、暖かな手の感触を堪能して、頭を撫でられる。
もうキャパオーバーしそうなその頭で、彼女が最後に思いついたのは、一つの確信であった。
ーーーー血の繋がっていない父と娘の恋愛も、アリですよね…ーーーー
開いてはいけない悟りを開きつつ、彼女は眠りについた。
キャストリス
バブ味という概念を与えられた絶賛オギャり中の美少女。
「ウェクトル様は私の母にも父にもなってくれるかもしれない男性です!」
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