卒業、か。中等部からは持ち上がりだから単なる進級、そして小学校の時は特に気にもしていなかった。新体操の為スポーツ進学校の栄明へと進むことで頭がいっぱいだったな。
でも周囲の子達は、泣いたりしていたんだろうか。
ああ、そんな古い歌もあったな。卒業式で泣かないと冷たい人だと思われそう、とかなんとか。
私は今見送る側で、泣きはしない。泣いている暇など、無いし。
まったく、嫌になるな。私のライバルは、こんな時でさえ凛としている。
そりゃあ大喜が好きになる訳だ、ちょっとだけ悔しくなってしまう。
卒業生代表で答辞を読むのは、大抵は元生徒会長や成績優秀者。その上で千夏先輩は選ばれた、理由は知らないけれど。まあでも、それはきっと最高の選択だろうな。度胸もカリスマもある人だ、その資格はある。
来年は私が選ばれたいけど、難しいかな。こんなにもしゃんとして、でも自分の気持ちを明確に貫けるスピーチが私に出来るとも思えない。
千夏先輩の語るのは感謝、そして色とりどりの思い出。
そこに大喜の存在を見いだしているのはきっと、この体育館で私だけ。同じ人を好きになったからこその、ちょっとだけ歪なテレパシー。死ぬまでこの人を褒めないし見た目も中身もライバルだけど、不思議な事に嫌ではない。
挫折も苦悩も乗り越えて掴んだ、幸福と希望に満ちる日々。それは大喜と共にいるからこそ、輝いているのだ。
……これは、敵わないかもな。いくら気付かれないと踏んでも、まさか公衆の面前でここまでのろけるなんて。こりゃあ良い顔で笑ってるんだろう、出来たら正面から見てやりたい。
私は大喜を好きだけど、千夏先輩も嫌いにはなれそうにない。どうしたもんだろうな、本当にさ。
ホームルームが終わるなり駆けていった大喜の背中には、きっと見えない羽根が生えていたんだろう。どうせ千夏先輩に逢いに体育館だな、別に良いけど。
本当にまあ、素敵な両想いカップルだよ。あれを引き裂くなんて、考えただけでもゾッとする。そんな事はしたくない、でもそうなると私は不戦敗か。
一度フラれて諦めて、でもまた焼け木杭に火をつけて。その上でまだ迷ってるなんて、私は何がしたいんだか。
これからはもう、栄明に千夏先輩はいない。物理的に距離が大きく開く事になるのは確実で、大学で素敵な人に逢うかもしれないし大喜とすれ違う日々になるかもしれない。そうなったら私は――私は多分、二人を取り持とうとするんだろうな。なにしろ
ああ――全く以て、やれやれだ。
晴人相手に啖呵を切っておいてこれでは、先輩として顔が立たないな。いや立たなくても良いか、横にしとこう。しかしあれも良く分からない奴だよ、変に絡んできたり大喜に勝ちたいから御守りが欲しいなんて言い出したり。私をなんだと思ってんだか、……って。
「ん。あれ?」
ここまでの事柄を組み合わせていくと、なんだか構図がかぶりだしていく気がする。千夏先輩の背中を追っていた頃の大喜を思い起こさせる、そんな感じに。そしてその行き着く先は、どうなるか。まさか、……まさか。
「いや、いやいや。いやいやいやいや、違う違う」
まさか晴人にとっての私が、大喜にとっての千夏先輩だなんて有り得ない。こんなワンパクで逞しい子に挑戦状を出すとか、無いだろ絶対。
しかし万が一億が一そうだとすると、それこそ私もうどうして良いか分からないんだけど。大喜を好きな私を晴人が好き、なんてなったらあれこれ気まずいわ。
いやぁこれは春からまた、忙しくなりそうだ。退屈する暇も無さそうで、重ね重ねどうしたもんだろうな実際。胃に穴開きそう。
溜め息を一つ吐いてバッグを掴み、私は帰り支度を始める。こうしてても仕方ない、帰ってゆっくり悩もう。
開け放たれた窓から入る風はまだ冷たく、でも温もりを僅かに孕む。
私の新しい道は前途多難で、先行き不安。だけどまあどうにかするさ、どうにかなるさ。
私は蝶野雛なのだから。