咲季の声が聞こえた、そんな気がした。でもそれは一瞬で、意識はすぐコートへと舞い戻る。
まさか試合を見になんか来やすまい、向こうだって暇じゃないさ。俺を応援する理由なんて無いだろうし、来たとしてもうちの母さんたちに付き合わされての事だろう。観客席から大声を出したりするとは思えない。
唇噛んで雑念を振り払う、余計なことを考える余裕なんかあるものか。今は集中するべき時だ、落ち着け。実力では劣るかもしれない、体力は明確に下だ。しかしそれでも、負ける気で戦ったりはしない。親友同士、全力を尽くしてぶつかろう。お互い手の内は知り尽くしてる、考えることだって大体分かる。
ベースに尊敬があって、認めあっているからこそ。俺たちはもっと本気を出せるし傷つけあえる、そして勝っても負けても友情は揺るがないと確信している。
それに――それに。大喜に千夏先輩がいるように、俺には守屋マネがいる。勝利を誓うには、十分だ。
別れ話をしてきた、そう修学旅行の廊下でさらりと言った守屋マネには蝶野さんたち結構退いてたな。
うっかり聞いてしまった俺はでも、そうならなかった。他人の不幸に不謹慎だとは思いつつも、心の底で少しだけ喜んでしまっていたのだ。酷い話だ、それこそドン退き。高砂には合わせる顔がない、本当に。
そしてそこで、再び気が付いた。もうずいぶん前から俺の中にはもう、咲季への恋愛感情が残っていなかったのだと言うことに。
文化祭前、彼氏と揉めていると知っても俺はこの機に割り込んでやろうとは思えなかった。どうせすぐ元鞘になる、また俺を当て馬にするんだろうなとは考えたけど。
俺はずっと咲季が好きだと思っていた、しかし実際にはかなり長い期間惰性の感情だったんだろう。告白するわけでもなんでもない、過去の感情を無駄にしたくないから「好き」を保留してただけ。咲季に彼氏ができた時点で、いや「そういう感じで見られない」と言われた時にすっぱり諦めるべきだった。
咲季も咲季で、そんな俺をからかって遊んでいた。あの日キスしようとしたのだって、俺を好きだとかそんなんじゃない。でも誰かに取られるのはなんか癪だから手を付けておこうくらいの気持ちだろうな、だから俺が拒んだらあんな顔をしたんだ。他人をなんだと思ってるんだろうな、まったく。
あの後咲季と彼氏がどうなったかは知らないし、知る必要がない。どうぞ御幸せに、だ。
試合が始まる、その間際。俺と守屋マネの視線は交錯したけれど、どちらも何も言わない。言いたい事は、もう言い終えたし。
これで勝てたら告白しようとか、そういう考えはない。もうこれ以上、誰かに振り回されたくはないから。
守屋マネは誰にでも優しいから、俺も色々と勘違いもした。それこそ俺の気持ちは、一方通行でしかないものなのだろう。
もし万が一億が一付き合ったりしたら、多分絶対上手くいかない。どう考えても、何もかもが違いすぎる。なら俺は、好きなだけで良い。守屋マネが他の誰かを好きになるなら、それを応援したい。
それで良いんだ、それ以上は望まない。あれこれ欲しがるのは、やっぱり柄じゃない。ここで勝ちたい、それだけ。
どちらかの道はここで終わる、だからこそ湿っぽくはしない。一切合財賭けようじゃないか、勝ってくるぞと勇ましく。
ああ――楽しいな。楽しかった、なあ。
終わりたく、ないな。