アオのハコSideB #101~   作:扇町グロシア

133 / 142
アオのハコ#232 「生粋の挑戦者」SideB 見詰める視線の先に

 試合を観たときにも思ったが、勢いはあれど視野が狭い。相手が前に出てくるタイプならまだしも、距離を置いて冷静に観察されると手詰まりになるだろう。名前通りの猪武者、か。

 階下で繰り広げられるダダ甘青春シーンを見下ろし、俺は一つ息を吐く。

 マンションの前だから人目を避けようとするのは分かるが、だったら上も注意しろよな。甘いなぁ、甘々だな。

 しかしだからこそ――良いな、ああいうのが遊佐に勝ってくれるのが一番良い。最近は兵藤にさえ肉薄するようになって、このままじゃ手がつけられなくなりそうだ。

 何処かでちゃんと鼻っ柱を折られておかないと、俺みたいになるぞ。

 

 何もかも擲ってバドに撃ち込む奴にとって、遊佐は天敵に成りうる。あれを棄てれば追い付くあれを諦めれば届く、と勘違いしてどんどん自分を磨り減らして自滅した連中を、何人も見てきた。末恐ろしいと言うか既に恐ろしいよ俺は、後世恐るべしってあれの事かな。

 遊佐は何も棄てない、何も諦めない。正確には、棄てるものも諦めるものも最初から持っていないのだ。

 勝つ理由も負けられない理由も遊佐には無い、ただ純粋にバドを楽しんでいるだけ。対抗心を持てばそれが自分に返ってくる、対戦相手には堪ったもんじゃない。

 ただその先にも、何もないのだけれど。

 バドでプロとしてやっていけるのは一握りどころか一摘まみ、それも上手いだけで成れるものじゃない。指導が出来るタマでもないし、行く先は俺と同じ空っぽのフリーターか。ぞっとしないな、まったく。遠征だなんだとあちこち出てはいるが、俺の肩書きはそんなもん。インカレ勝ったって先はないもんなあ、就職活動もしてないし。実業団は狭き門過ぎる、どうしたもんか。

 

 いつかお隣さんに言った「羨ましい」は、嘘ではない。俺も皆のように、バド以外の青春ってのを感じたかった。

 でもどうにも、俺にはそんな熱が無かったのだ。好きだと言われれば俺もと言える、連れ出されれば遊びにも行く。それは出来ても、バドより楽しいとは思えない。物事に興味を持つのが苦手なまま大人になった俺は、すっかり手遅れになって漸く気が付いてしまった。

 必死になる振りだけして、バド以外の事から逃げ続けていたと。

 遊佐にも熱くなれる何かが必要で、それはきっと勝ち続ける中には無い。正反対の猪股くん辺りに完敗したなら、何処かに見出だせるかもしれないが。

 しかしなあ、まだまだ頼りないんだよなぁ。栄明の子相手にコーチしたら佐知川の人たちが嫌がるし、兵藤辺りに鍛えてもらえれば良いんだが。

 ――栄明、か。そういや遊佐の弟もあそこだな、こないだ見たっけ。兄貴へのコンプレックスとかでかなりガチガチになってて、猪股くんより酷く視野狭窄だったけどさ。脚を痛めたハンデがあってもまだ勝ちきれない辺り、あれもかなり深刻だな。

 猪股くんか弟くんか、はたまた他の誰かか。遊佐は一度敗北を知って、更に強くなるだろう。

 その時が楽しみなような、恐ろしいような。

 さてま、それはそれで良いか。明日もバイトだ、忙しいんだよ俺も。不承の後輩やお隣さんの彼氏くんの事ばかり考えてはいられない、生きていくには金がいる。

 味気無い日々だけれど、別に構うまい。俺の人生は、こんなものだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。