ああ、そうか。「ついカッとなってやってしまった」というのは、こういう衝動から始まるのか。
全く怒らない人間というわけではないけれど、私はそこまで激しく怒った事はない。籠原の人に『たいしたことないですね』と言われた時も、怒るよりはやる気が湧いたのが大きかったくらいだ。文句もでないくらいに快勝して、鹿野千夏がどういう女か思い知らせてやろう、と。
でも今感じているのは、そんな綺麗なものじゃない。身体を廻る血は沸騰し燃え上がり、頭の奥に弾ける火花が魂を突き動かさんとする。
もし今人目が無ければ、殴りかかる程度ではすまない。私って意外な程理性的だったのか、知らなかった。職場で刃傷沙汰や暴行事件は不味い、と考えられる頭があって良かった良かった。
……夢佳だったら一も二もなく殴ってるな、若しくは蹴り飛ばしてる。私はあそこまでガラッパチにはなれないけど、ね。
青春の一部で終わらせろ、という言葉は理解できる。でもそれを許すことは出来ない、してはいけない。
どうせここより上へは行けないんだから、楽しいうちにやめてしまえば良い。プロになんかなれないんだし、これ以上
――ふざけるな。大喜くんの何を知っていると言うんだ。
そりゃあ日本トップの実力者からしたら、まだまだ甘いかもしれない。そしてその理由には、私もきっと入っている。
かつて私は思った事がある、人を好きになる暇があるのかと。そんな事を考えずひたすら求道を重ねるべきなのではないか、恋愛なんて現実逃避じゃないか、そう迷っていた時期がある。だからこそ一度は線を引いた、近づいてはいけないと思った。
でもそれは、間違っていたのだ。
大喜くんを好きになり私はずっと強くなれた、大喜くんがいるから戦う理由が出来た。
勝つために勝つ、負けるまで勝つ、それでは結局壁打ちでしかない。大切な人がいるから、何処まででも挑んでいける。私はそれを、痛いほど知っている。
夢佳が言っていたように、好きは最強の感情だ。ならば人を好きになって、弱くなる訳がない。
「……――ごゆっくり」
絞り出した最低限の礼儀だけ残し、私は奥へと引っ込んだけれど怒りは収まらない。
ああ、ああ。腹立たしい、いっそ引っ越してやろうかとさえ思ってしまう。
不機嫌顔でホールに出るのも気が引けるから、バイト仲間に頼んで裏方作業を変わってもらい数時間。
そろそろ終業の時刻が来るとなって、漸く私は気が付いた。
――そうだ、大喜くんが迎えに来る。これじゃ不味い、どうにかしないと。
帰り道を一緒に歩く短い時間、それが今の私たちの癒しの時間。大喜くんを心配させたくないし、そもそも怒った顔なんか見られたくない。
不機嫌面をなんとか捏ね回して平生を装い、お店を出て。
耳を済ませ待つのは、いつもの足音。
もうすぐ私の好きな人が、私を好きな人が、息急き切らせてやって来る。きっと今日も練習に励んだ事だろう、その努力が報われないなら世界そのものが間違っている。
大喜くんは弱くなんか無い、私はちゃんと知っている。