アオのハコSideB #101~   作:扇町グロシア

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アオのハコ#233 「やってやろうじゃねーか」SideB 人は意外と簡単に壊せる

 ああ、そうか。「ついカッとなってやってしまった」というのは、こういう衝動から始まるのか。

 全く怒らない人間というわけではないけれど、私はそこまで激しく怒った事はない。籠原の人に『たいしたことないですね』と言われた時も、怒るよりはやる気が湧いたのが大きかったくらいだ。文句もでないくらいに快勝して、鹿野千夏がどういう女か思い知らせてやろう、と。 

 でも今感じているのは、そんな綺麗なものじゃない。身体を廻る血は沸騰し燃え上がり、頭の奥に弾ける火花が魂を突き動かさんとする。

 もし今人目が無ければ、殴りかかる程度ではすまない。私って意外な程理性的だったのか、知らなかった。職場で刃傷沙汰や暴行事件は不味い、と考えられる頭があって良かった良かった。

 ……夢佳だったら一も二もなく殴ってるな、若しくは蹴り飛ばしてる。私はあそこまでガラッパチにはなれないけど、ね。

 

 青春の一部で終わらせろ、という言葉は理解できる。でもそれを許すことは出来ない、してはいけない。

 どうせここより上へは行けないんだから、楽しいうちにやめてしまえば良い。プロになんかなれないんだし、これ以上()()()()()を使うな。

 ――ふざけるな。大喜くんの何を知っていると言うんだ。

 そりゃあ日本トップの実力者からしたら、まだまだ甘いかもしれない。そしてその理由には、私もきっと入っている。

 かつて私は思った事がある、人を好きになる暇があるのかと。そんな事を考えずひたすら求道を重ねるべきなのではないか、恋愛なんて現実逃避じゃないか、そう迷っていた時期がある。だからこそ一度は線を引いた、近づいてはいけないと思った。

 でもそれは、間違っていたのだ。

 大喜くんを好きになり私はずっと強くなれた、大喜くんがいるから戦う理由が出来た。

 勝つために勝つ、負けるまで勝つ、それでは結局壁打ちでしかない。大切な人がいるから、何処まででも挑んでいける。私はそれを、痛いほど知っている。

 夢佳が言っていたように、好きは最強の感情だ。ならば人を好きになって、弱くなる訳がない。 

 

「……――ごゆっくり」

 絞り出した最低限の礼儀だけ残し、私は奥へと引っ込んだけれど怒りは収まらない。

 ああ、ああ。腹立たしい、いっそ引っ越してやろうかとさえ思ってしまう。

 不機嫌顔でホールに出るのも気が引けるから、バイト仲間に頼んで裏方作業を変わってもらい数時間。

 そろそろ終業の時刻が来るとなって、漸く私は気が付いた。

 ――そうだ、大喜くんが迎えに来る。これじゃ不味い、どうにかしないと。

 帰り道を一緒に歩く短い時間、それが今の私たちの癒しの時間。大喜くんを心配させたくないし、そもそも怒った顔なんか見られたくない。 

 不機嫌面をなんとか捏ね回して平生を装い、お店を出て。

 耳を済ませ待つのは、いつもの足音。

 もうすぐ私の好きな人が、私を好きな人が、息急き切らせてやって来る。きっと今日も練習に励んだ事だろう、その努力が報われないなら世界そのものが間違っている。

 大喜くんは弱くなんか無い、私はちゃんと知っている。

 

 

 

 

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