追われる側、か。そう見えるんだな。
なら君にだって、背中を狙われ続ける気持ちは分からないだろうに。なんて意地悪は言わない、言いたくもない。
――私にだって、悩むことはある。勝ち続けた先に何も見えなくとも、進むしかない。新体操選手の全盛期は短い、今こうしている間にもそれが終わってしまうかもしれない。昨日無意識で出来ていた事が、気を張ってようやく為せるようになる時はすぐにでも来てしまう。明日どころか半日先には、もう「蝶野雛」としての演技が出来なくなっている可能性はあるのだ。
でも、だからこそ。相手を萎えさせ己を奮い起たせる為に、私は笑って見せる。赤毛の美しい女は嘆かない、窮地になればこう呟くのだ。面白くなってきたじゃない、と。
怒りは足に込めて地を踏み締め、憎しみは背骨に添えて身体を支える。悔しさを噛み潰し涙を呑んで、気合いをいれる。勝ってくるぞと勇ましく、だ。
ひたむきでなくて良い、泥臭くて良いからやってやれ、……とは確かに思うけれどさぁ。
先生の気まずい顔を背にして、私は小さく息を吐く。
まさかさぁ、こんなときにさぁ。
インターハイ行けたら付き合ってくれ、とか言うかね普通。そういう所だよ、あのバカの悪いところは。人をからかいすぎだ、まったく。
大喜を好きでいる間、色んな想いが駆け抜けていった。苦しくて切なくて、でも愛しく喜ばしい日々。ゴールに届かない努力を楽しく思えたのは、いつ以来だっただろうか。
些細な事に動揺して、小さな優しさに傷付いて。大喜は何も悪くない、私が一方的に自分の気持ちを押し付けただけだ。
それでも私は後悔していない、まあそりゃ客観的に考えたら酷い話ではあるけどさ。自分勝手にも程がある、私らしいと言えばそうだけど。
多分晴人と私は、そういう所が似ているんだ。勝手に告白して勝手に凹んで、勝手に他人を捲き込んでいく。
きっと晴人も、すぐに告白の事なんか振り切る。たまに思い返して悩んだりするけど、だんだん平気になっていくんだ。
私がそうだったから分かる、一々相手するよりは放っておく方がいい。
……大喜は優しすぎるからそれが出来なくて、私はそこに突け込んでしまったんだよなぁ……。今思えば突然キスとか警察沙汰でもおかしくないぞ、うん。
にしても不意討ちで告白されると、こんな感じなんだな。私は悩みに悩んで、千夏先輩がいないタイミングを見計らっての事だったけど。
うーん、正直どうするか迷うものだなーって。あっさりと袖に出来た辺り私も結構演技派だけど、下手したら勢いで受けてたかもしれない。ゾッとしないけど、さ。
型通りのインタビューを受けながら、ふと思う。
そう言えば、そう言えば。大喜の初デートの切っ掛けは、県予選で勝ったことだったらしい。匡くんが『この試合で大喜が勝ったら、何処か遊びに連れていってやってくれませんか』と千夏先輩に頼んだとか、そんな感じで。
付き合ってくれじゃなくどっか連れていくくらいなら、私としても吝かではないんだけどさ。どうしてああも猪武者なんだろうな、あれは。大喜に似てるようで似てない、微妙な所だ。まああんまり似てても嫌だけどね、ジェネリック大喜なんていてほしくない。さすがに未練がまし過ぎるし、晴人にも大喜にも失礼だ。
私は千夏先輩みたいに憧れられる存在じゃない、晴人にとっての「勝ちたい理由」になんかなれない。あれはもっとちゃんとした、自分を支える何かを見つけ出すべき。
だって私は――来年にはもう、栄明にはいないんだから。
それこそ大喜と千夏先輩みたいに強固な絆があるならまだしも、卒業してしまえばそこで私たちの縁も終わる。その時になってグラつかれても、困ってしまう。
睨み付ける相手がいなくても、支えてくれる人がいなくても、歯を食い縛って歩いていくしかない。私たちがいるのは、そういう世界だ。
私は一人で頑張ってやっていく、あんたもあんたで頑張りなさい。こっちも大変なんだぞあんまり甘えんな、大体どうにかなるから。