「どしたの? なんか嬉しそうな顔してるけど」
突然核心を突いてきた渚の声に、思わず悲鳴を上げそうになる。グッと堪えてスマホの画面を隠しながら、なんでもないなんでもないと平静を装う私。
半分自主トレみたいなものとは言え練習の合間だ、向こうだって深入りする程暇じゃない。渚が怪訝そうな顔をしつつも歩き去ったのを確認して、そして漸くスマホへと視線を落とし直す。
そこにあったのは、『一年生大会、勝ちました』という短い一文。そっけないけど、でも気持ちは伝わってくる。これはゴールでもなんでもない、でも勝てたことが嬉しい。それを伝えたい、という大喜くんの確かな想いがそこにある。
だから私も長くは語らない、文字を重ねても意味はない。言いたいことも聞きたいこともあるけれど、それは今でなくて良い。
伝えるべき言葉は一言で足りる、だって――私たちだから。
おめでとう、それだけで良い。人が知ったら愛想無しと笑うだろうけど、まあ好きにさせておけば良いさ。
さっき針生くんたちが話していた、大喜くんの事。いつまでも挑戦者で、追い縋るばかりなのが力を閉じ込めていると。
それは確かに、分かる気がした。大喜くんはあまりにも、優しいから。強い人に果敢に挑むのは得意でも、同じ並びにいる誰かを押し退けてまですすむのは苦手な子なんだ。
これが個人競技とチーム競技の違いなんだろう、大喜くんも前に『勝っても負けても、自分のお陰で自分のせい』って言っていたっけ。それは決して否定しないけど、やっぱり大喜くんは根が優しすぎる。一人で挑む戦いは勝ちたい気持ちを与えても、負けたくない気持ちは与えなかったんだ。
それらは似ているけど、天地程に違う。負けられないという思いはプレッシャーでもあるけど、踏み台にもなる。
チームでいると、嫌でも自覚せざるを得ない。一人のミスで負けようが一人のラッキーで勝とうが、それはチーム全体の結果だ。共に汗を流して歩んできた、大切な仲間たちの想いを私たちは背負い続けているのだと。
例え勝てなくても、無様に負けるわけにはいかない。口を閉ざし瞳を光らせて、貪欲に勝利へとしがみつき続けなければならない。
……まあ私らだって、そんな偉そうには言えないけどね。実際去年は夏も冬も勝ちきれないまま終わったし、むしろ私たちこそもっと勝利に向かって邁進しないといけない立場だ。
……閑話休題。
とは言えここで勝てたというのは、大喜くんが壁を一つ乗り越えたという事なんだろう。どういう理由があっての事なのかは、それこそ本人にしかわからない話だけど。
昨夜壁越しに送った想いがその一助になっていたら、それは光栄なんだけどな。
しかし我ながらこっぱずかしい真似をしたもんだ、夜の夜中に物を考えるべきじゃない。それもまた大事な教訓だ。
さて、だ。そろそろ私も練習に戻ろう、もっともっと先へ進まないといけない。
いつの間にか身長は追い越されてたし、油断してたらどんどん大喜くんに追い越されていく。遥か後ろに遠ざかって見えなくなり、その内いつか忘れられ、そういえばあんな人いたなーとか――
「……っ」
そう考えた瞬間、私は怖気を振るい立ち止まってしまっていた。
私は大喜くんが好き、大喜くんも私が好き。だけど人の気持ちは、無機物ではない。
もし私が、もうこれ以上の高みへ行けなかったら。いつまでも足踏みしたままでいる私を、大喜くんは見限ってしまうかもしれない。
有って欲しくない、でも有り得なくはない。
私はずっと大喜くんを好きでいたい、大喜くんにもずっと私を好きでいてほしい。
だから――だからもっともっと、死に物狂いで頑張ろう。
唇咬んで不安振りほどき、私は再びコートへ向かう。今は考えるより動くべき時だ、精一杯汗をかこう。
「――……ふむ」
そうだ。今日の練習を終えたら、大喜くんを迎えに行こうかな。時間的にはちょうど良い筈だ。
頑張った大喜くんの姿を見たら、この不安も吹き飛ぶに違いない。
それくらいなら、赦されるだろう。大好きな人が勝利を手にしたんだ、労わない方がどうかしてる。
さぁ、そうと決まれば気合いを入れようじゃないか。
空の青さに負けないくらい、済んだ想いで私は駆け出していた。