アオのハコSideB #101~   作:扇町グロシア

19 / 141
アオのハコ#118 「そういう人」SideB 甘い甘い香りと

 前まで、か。妹の言った言葉に、私はふと思い出す。

 一年前のバレンタインデー前日、ちーはやっぱりうちに来ていた。チョコを作りにじゃなく、気持ちを整理する為に。

 少し前に聞いた海外移住の話を取り止め、親の知り合いの所に居候する事を決めたちーの顔は、僅かに強張って見えたのを覚えている。

 まあ菖蒲に聞かれたらどうなるかわかったもんじゃないから、ここでは言葉にしない。あの子の口は本当に水素より自分のお尻より軽いもの、尾ヒレ背ビレに胸ビレまでつけて喧伝しかねない。チョコ作りに集中しててもらおう。

 それにLINEの文面を見た時点で深刻さは伝わっていた、私がするべきなのはただ隣にいてあげる事。

 それだけでも気持ちは通じる、幼馴染みの特権だ。

 これからも私たちは友達で、きっとずっとこうやっていられる。それだけ分かっていれば、それで良いんだ。

 ……しかしあの日とは大分変わったんだな、女子女子した事が苦手だったちーがチョコなんか作りに来るなんてね。

 私も前はやったけど、今はもうそんな気分になれない。こう言うと嫌味だけど、私たちの関係にはそういう儀礼が似合わないから。お互いどうも時候の挨拶とか義理人情とかが苦手な性分、言ってしまえば貰うのもあげるのもめんどい。めどい。

 定期的に更新の儀式が必要になるほど、私たちはステロタイプな人間でもないんだろうな。

 そりゃまあこの先気が向いたら、そういうこともするかもだけどさ。今は市販品を贈るくらいで十分だ。

 

 キッチンでガールズトークに励む愚妹はどうやら、また新しく気になる人がいるっぽい。

 初詣で会った、あのメガネの子なんだろうかな。あの時は否定してたけど、時間をおいたら火がついて来たか。そういうところはやっぱり、私の妹なんだな。

 健吾を好きだと気が付いたのも、一度否定した後だったし。

 小五からずっと一緒にいて、家族みたいなものと捉えていた。男子女子という()()を意識し始めてさえ、私たちは私たちのまま歩めていた。

 それが崩れだしたのは中学の終わりが見え始め、読者モデルに毛が生えた程度の泡沫とは言え芸能界の末席に座らせて貰った頃。健吾も健吾でバド選手として頭角を表し始め、家族同然だった私たちは段々とすれ違うようになっていった。

 厳しいけど輝かしい世界のなかには、素敵な人も男女問わずいっぱいいる。中には私なんかに興味を持つのも、いたりいなかったり。私を好いてくれる人がいるというのは自信になった、だからこそ()()()()()()()()()()()()()()という想いも芽生えつつあったのだ。

 健吾は家族と同じ、だから恋愛対象にはならない。そんなことして縛り付けなくても、必ず私を見守っていてくれる。

 そう思って、そう思おうとして、それでも。それでも私の胸の中には、いつだって健吾がいた。

 ああ、そうか。私はこの人を、好きになりたいんだ。

 そこからは一直線だったな、お互いの気持ちは一緒だったわけだし。

 菖蒲は菖蒲で私じゃない、だからどうなるかなんて分からないけどね。

 それにちーも、ちゃんと「好きな人」と言えるようになったんだな。

 気がつけばみんな、大人になっていくわけか。 

 

 やれやれまったく、賑やかな夜だったな今日は。

 ラッピングしたチョコを大事そうに仕舞って帰っていくちーを見送り、私はようやく息を吐く。

 キッチンからなにから甘い香りに包まれているけど、余ったチョコはもらい損ねてしまった。それくらいくれても良いのに、ケチくさいなぁもう。誰に似たんだろうな、あの子と来たら。

 にしても明日、か。明日どうなるんだろう、みんなは。菖蒲もちーも、そして大喜くんも。

 どうも穏やかには終わらない予感がするんだよね、杞憂であって欲しいけどさ。

 なんかさっきから菖蒲が唸ったり叫んだりしてるのも、多分大したことではない筈だ。

 まあなんにせよ、どうにかするでしょう。

 あの子達は、そうそうヤワじゃない。

 私も負けてられないな――なんて、ね。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。