願っても祈っても、思い出が元に戻ることはない。
だから全て裏側に秘めて、ただ歩き出す。
いつかは辿り着けると信じ、夢の先へと。
アオのハコ#101 「今日も」SideB 新年の夢佳
「――じゃあ、行ってくるから」
玄関で放った小さな言葉に、返事は来ない。別に気にはしない、仕方ない事だ。母さんは親族の相手で忙しい、これから別れた元夫の所へ行く娘よりもそっちを優先するのが筋だろう。離婚した身内の様子が気になるのか正月から押し掛けてきて、全く親戚付き合いなんて七面倒臭いものだな。
将来私も、あんな風に作り笑顔で接待する側になるんだろうか。ぞっとしないな、それは。
一月二日、寒さはあれど天候は晴れ。今年も一泊二日の親孝行に行く私は、でも去年よりかは状況を楽しんでいる。
父さんに話したい事が、一杯有るから。
彼氏が出来たこと、友達と仲直りしたこと。そして、バスケをまた始める事にしたこと。
あれもこれも、話しておきたい。私がしっかりと、歩いていけるように。
夢佳が木戸の家へ行くのに関しては干渉しない、でもあまり長くいてほしくない。あなたの家は、ここだから。
母さんにそう言われても、私は別に気にも留めなかった。一応義理があるから時々顔は見せに行く、それだけだ。私にとってはもう他人だけどあなたにとっては一生親だから、なんて言われても困る。
こっちとしてもつい最近まで、それどころじゃ無かったし。
片親になって経済状況が悪化し、高等部への進学は諦めざるを得なかった。学費の安い公立校へ移るため、社会性に欠ける母さんに代わって手続きを自分でやる羽目になって忙しかったったら。
そのドサマギで、親の離婚を口実にバスケも辞めた。中学に入ってからずっと自分の力不足ばかり痛感させられ、遥か後ろにいたはずのナツたちにも追い抜かれ。もう私は、バスケが好きだなんて言えなくなっていたんだ。でもそんなことは言えない、言えるわけがない。ひたすら傷を隠し通し、その意地でナツをも傷付けて逃げ出した。
……我ながら酷いものだな、さすがはあの女の娘だ。しっかりと悪い部分は遺伝しているよ、嫌なことに。
そして全てに目を背けて誤魔化していた私は、宗助に対してさえ卑屈かつ傲慢に接していた。よく考えなくても矛盾の塊だ、あれでよく告白なんかしてきたな。出逢い方も関わり方もひねくれていた性格悪い女だぞ、どんなマゾだアイツは。いやまあマゾはまだ良いけど、ニーハイが見たいとか無いだろ。そんなキレイな脚に見えるか、この――鈍りきった脚が。
バスケから離れてもう朝練も試合も遠い思い出になって久しい、すっかり身体も衰えた。
だけど、でも。これからは鍛えていかないと、な。またバスケやるんだし。
とは言えもう二年も終わり、今からじゃあ公式戦には出られない。栄明の子達と試合することは、もう有り得ない。何もかも遅い、遅すぎるけどそれはもう構わない。少なくとも、ナツの夢を見守ることくらいは出来るだろうから。
それもこれも、ナツの彼氏くん――じゃないんだっけ後輩くん?のお陰かもしれない。
一直線で失礼で、バカな癖に人の心を的確にえぐってくる。ナツにそっくりな、あのジャガイモ野郎。あの日悪態吐いてから会ってないけど、今は何やってんだろ。正月だし、さすがにのんびりしてるか。
ナツは親戚の所だってメッセ来てたな、たしか。何処にいるのかまでは知らないけど。
まあ、皆して良い正月を過ごしていればそれが一番だ。
普段は通らない栄明の側を歩きながら、ふと立ち止まって思う。毎朝この辺を歩いていた、あの頃の私のことを。
ズルくて弱くて、自分に嘘を吐くのが得意なイヤなヤツ。自分が優れているとは思えなくなり、努力の量さえ誇れなくなり、それでもハリボテのプライドにしがみついていた。私は私が嫌いになって、今まで好きだった全てを嫌いなフリをして逃げ出したんだ。
本当は、ずっとずっと好きなのに。バスケもナツも、嫌いになんかなれるわけがないのに。
――ああ、まったく。未練がましいったらないな。
ふと見上げた空はアオく、何処までも広い。
思わず伸ばした手はなにも掴めやしないけど、良いんだ。届かなくても、無意味でも、私はそれで構わない。
「ん、……行くか」
いつまでも元母校を偲んでも仕方がない、先へ進むとしよう。
私はパワーを取り戻した、まだまだ行けるさ。
だって「好き」は、最強の感情なんだから。
雛ちゃんと迷いましたが、今回は夢佳さんです。