何時からだろう、一々胸を痛めなくなったのは。
――いや、そんなのは分かりきっている。分かりきっているからこそ、思ってしまう。私はこんなにも、変われるものだったのかと。まだほんの僅か、三ヶ月しか経っていないのに。
あの日想いを伝えあってから、驚くことばかりだ。
きっとこれからも、こうなんだろう。少し前の自分がまるで遠い他人のようにも感じられる、でも決して不快ではない。
人を好きになるって、好きになってもらうって、……お互いを好きだと思いあうのって、こんなにも複雑で楽しいものだったのか。
大喜くんが後輩の子になつかれているのを微笑ましく見守りながら、私はそんな事を思ってみる。
大喜くんと蝶野さんの関係を考えて身を引こうとしたのが、確か一年前。異性の同居人なんて邪魔だろうし、春先の引っ越しシーズンなら新居も見つけやすいだろう。なんなら納屋でも物置でも間借りさせてもらおうか、なんて考えたり。
でもそんな風に思えたのは、春のうちだけだった。
二人がお似合いだと口では言いながらも、バスケの為だと理由をつけて私は猪股家を出ようとはしなくなっていた。ずっと一緒にいたい、例えそれが叶わない願いでも。そう、だからこそ――線を引いた。大喜くんを迷わせたくないから、この気持ちに名前を付けたくないから。
だけど夏が過ぎて二人の距離が近くなっていくのを見ていて、生まれて初めて胸が苦しくなったのを覚えている。大喜くんの側に私じゃない誰かがいる、それが辛い。ワガママを言っているのは分かっているのに、心が止まってくれない。
そして秋が終わり、冬が訪れて。大喜くんが私のために、夢佳にウインターカップのチケットを渡してくれたと知ったとき、気持ちの箍は弾け飛んだ。
なにも言えない、伝えられない。それでもただ、抱き締める。他にどうして良いか分からないままに、衝動に任せて。
それから、それから。年が明けて、あの瞬間が来た。氷の上で迎えた、生涯忘れられないであろう逢瀬を。
ああ、簡単な事だったんだ。振り返れば、大喜くんと私は何度も何度もすれ違っていた。思いは同じ、伝えるべき事も同じ。それなのに、うまくいかなかった。多分大喜くんもまた、私と同じように悩んでいたんだろう。だからこそ、なかなか踏み出して来なかったのかもしれない。
とは言えそれが成就したせいか、今は大喜くんが他の女子と一緒にいても――それが蝶野さんであっても――心を引き裂かれるような思いにかられはしない。
大喜くんが好きなのは他の誰でもない、私なのだから。
……それにしたって、あの後輩ちゃんは距離が近すぎる気がしなくはないけれど。うーん、ちょっと釘刺すべきかもしれないかな。
しかしまあ、三年生というのは忙しいものだな。漸く気持ちが軽くなったと思ったのも束の間、今度は後輩の面倒まで見ないといけないんだから。今年の新入りは17人、去年よりずっと多い。それに下の面倒を見てくれる先輩方は既に卒業し栄明を去っていった、私たちだけで一年生二年生の世話をするしかない。
思えば中三の時は高等部の先輩方を頼れば良かったから楽だったけど、今や私らが最高学年。うう、これはなかなか大変だ。
「……ふぅ」
こんな時こそ、大喜くんに逢いたい。
でも学校では周囲にバレたくないからあんまり話せないし、家では由紀子さんたちに気兼ねしてしまう。夜が更けてから部屋に二人きり、は照れ臭いし自分を抑えきる自信がない。
何処かにちょうど良い場所ってないものだろうか、と考えてふと思い出す。公園の奥にある、小さな東屋の事を。
あそこなら日が落ちてしまえば人も来ないだろう、それに二人で潜むにはうってつけの狭さ。うん、なかなか良さそうだな。
私は大した人間でもないから、誰かに頼りたくなる事もある。そんな時そばにいてほしい、寄りかからせてほしい。そう思うことを、――恋と言うのならば。
私は今、恋をしている。熱くアオい、そんな恋を。