侮る気は最初から無いけど、正直ここまでとは思わなかった。
自分だけが強ければ良いとか考えが甘いとか、あれこれ言うだけの事はあるな。多分いや確実に、高一になった頃の俺よりもずっと強い。
地力がある上に搦め手も使える辺り、相当な逸材だ。ここまで来るのに、どれほど鍛え上げたのだろう。佐知川にいたから、遊佐くんの弟だから、なんてのは大した事じゃない。この強さは、明らかに
だけど、でも。俺だって、負けてやる訳にはいかない。部内の総当たり戦なんて単なる顔合わせみたいなものだけど、それでも手を抜きはしない。
大切な人が、そばにいるのだから。
栄明女子バスケ部OGの母さんから強く薦められたのは、やっぱりバスケだった。『もしあんたが女の子でもう一年早く産まれてたら、あの子の娘と組ませたのに』なんて言われたりもしたな。
でも俺は団体競技に向かない性格で、母さんもそれが分かってからは何も言わなくなった。出来ないのは仕方ない、と。
それでも身体を動かす事自体は好きだから、なんとなくバドミントンなんか始めてみたんだ。
練習は辛いし苦しい、でもそれ以上に面白いと思える。特に試合は、勝っても負けても関係なく楽しい。
ただ楽しいから続けていた、それだけだった俺。それを変えてくれたのは、誰あろう千夏先輩。
中学最後の公式試合で結果を出せなかった、言ってしまえばそれだけの話。でもそれを受け入れられず、悔しさに涙しながらひたすら練習を続けるその姿は、般若のように美しかった。
そして思わせてくれた、こんな風に熱くなりたいと。一度の負けを心底悔しいと思える、真剣な向き合い方を知りたいと。
千夏先輩みたいになりたい、あの人の隣にいたい。そう意識するようになって、毎日がどんどん変わっていった。
どんな相手であろうと怯まず挑み、負けても腐ってなんかいられない。遊佐くんに負けたあの日は自分の無力さを思い知ったけど、それでも俺は立ち上がった。そうする理由がある、そうでなければ生きていけない。あの人を好きでいられない。
そして、そして。千夏先輩と想いを伝えあって、もう一度俺は変わった。
俺はもう、負けられない。誰であろうと何であろうと、正面から戦って勝つ。
いつか出逢いを振り返った時、後悔して欲しくない。
この人を好きになって良かった、と思って欲しい。
格好くらい付けるさ、だって俺は――千夏先輩が好きなのだから。
打ち合うシャトルの軌跡を鋭く捕らえ、一撃を打ち放つ。フェイントも交えた攻防はもう、意思よりも身体が先に動いていく。そうでなければ間に合わない、そうしなければ隙を突けない。
お互いに吐く息は荒く、まるで公式戦の様相を呈しつつあった。
今日はもうこれで何試合目だろうか。連戦を経てからの激闘だ、身体は軋みつつある。手も足も、フルコンディションのままじゃない。
そして千夏先輩はきっと、この試合を見てはいない。
自分の練習で精一杯だろう、あの人だって最後の夏を控えて心身を研ぎ澄ませている最中なのだから。
だけどそれは、負ける言い訳になんかならない。むしろ、だからこそ全力で勝ちに行く。
挑まれて譲ってやれる程、俺は大人じゃないんだ。
一挙手一投足に魂を削る思いでコートを駆け、力のかぎりバドラケを震う。
心臓は破裂しそうな程に早鐘を打ち、全身が汗に染まる。肺が圧迫され、視界は気を抜けば白く飛びそうだ。
苦しくて苦しくて、苦しくて――なのに楽しくて仕方がない。
晴人は強い、だからこそ俺は負けない。戦って戦って、灰も残らないくらいに戦って、最後には俺が勝つ。
まだまだ、ヘバるには早すぎる。
さぁ、――かかってこい後輩。俺は全身全霊で、お前に勝ちに行く。