――未練がましいものだ、と人知れず溜め息を一つ。もう何年も前に終わった話を、いつまで引き摺るのか。
守屋マネと松岡先輩が並んでいるのを横目でなんとなく見ながら、借り物競争のスタートラインへと歩いていく俺。声援だか恫喝だか分からない声を投げ掛けて来たかと思えば、なにやら二人で話始めた。
まあ、仲は良いんだよな。付き合ってるらしい、なんて話が出るくらいには。俺としても、バレンタインの時に守屋マネが松岡先輩に気合いの入った包みを渡す姿を見ているわけだし。
とは言え佐知川の遊佐くんにお熱なのも確かだから、その辺どうなってるのかは分からない。
とりあえずそれはきっと祝福すべき事だ、でもなんだか苛立つのは――サキを思い出してしまうからなんだろう。
俺たちは長い付き合いの幼馴染み、という間柄だった。少なくとも、俺が余計なことをするまでは。
家が隣だし小さい頃からずっと一緒、お互いに親友と思いあってた筈だ。
少しずつ成長しだんだんと色気付いてきても、その関係は変わらなかった。家族みたいに親くて、いつも幸せだった。
それをぶち壊したのは、俺だったのだけれど。
サキの事が好きだ、と俺はあの日言ってしまった。俺はサキと家族になりたいんじゃない、恋愛をしたい。この暖かく幸福な停滞を抜け出そう、と愚かにも思ったのだ。
……サキは少しだけ困った顔をして、ちょっとの間黙って。そして言ったのだ、『匡をそういう目で見れない』と。
何の事もない、当然の結果。俺たちは余りにも、余りにも――近すぎた。
それでもサキは、なにも変わらないまま俺の親友でいてくれた。俺もそうするべきだったんだろう、あれは気の迷いだ忘れてくれと笑って済ませば良かったのだ。
それが出来ないから、俺たちの間には距離ができてしまった。気が付けば隣同士なのに、すれ違った時に短く挨拶するくらいの事しかしなくなっていった。辛く寂しい、でも俺は自分が作った壁から出られない。出る資格さえ、持ち合わせていない。
暫くしてあいつが彼氏を連れて家に入っていく姿を見たときはショックだったけど、それ以上に安堵したのを覚えている。
もう悩まなくていい、考えなくていい。忘れてしまえ、サキはもう
そう考えると少しだけ気は楽になり、今では思い出すことも少なくなっている。
なのに、まったく。守屋マネはどうしてこうも、サキに似ているんだろう。顔や話し方というか、雰囲気が似すぎている。まさか親戚とかじゃあるまいな、嫌だぞなんとなく。せっかくサキから離れたくて私立の栄明へ進んだのに、色々と台無しだ。
走り出す刹那に思うのは、蝶野さんや大喜の勇敢さ。
傷付き傷付けられ、それでもなんとか元の関係に戻ろうとしている。傷口もまだ生々しいだろうに、痛みを堪えて歩んでいく。正直、感服する。
もし、そう出来ていたら。恋愛に支配されず、サキの優しさを信じられていたら。きっと俺は――。
「……っ」
都合のいい妄言を脳の奥底に押し込んで俺は一気に加速する。一位を取れとどやされた以上、結果は見せないと。
無駄なこと考えるより動け、俺。
あの二人がどうなろうと関係ない、少しだけ
そうだ、ほんの少しだけ俺は浮わついていた。もしかしたらまた人を好きになれるかも、なんて。
あるわけ無い、そんな事。俺はもう、懲りたんだ。あんな思いはもうしたくない、面倒にも程がある。
誰かを好きになるのは楽しいし幸せだった、でもそれを失う時は辛すぎる。
万が一億が一、守屋マネが俺にそういう気持ちを向けてくれるなら、……その時はあるかもしれないけど。
それこそ都合のいい話だ、あり得ないあり得ない。
なんて考えながら借り物の札を取った俺には、どうやらバチが当たったらしい。
「ツインテールの人……!?」
まったくなんてタイムリーな、出来すぎた話だろう。
そんな髪型の奴が、身近に何人もいるものか。やれやれ、仕方がない。
まだ松岡先輩と話している守屋マネを視界に捉え、俺は駆け出していた。二人の間に割って入り連れ去っていく、なんて安いメロドラマじゃあるまいに。
――まあ、良いさ。どうせだし、乗ってやろう。あの二人を並ばせておくのも、苛々するしな。
「マネージャー、来てっ」
後ろから叫ぶように声を投げ掛け、返事を待たずに手を取った俺はそのまま踵を返して走り出す。
さあ、行こうじゃないか。このままゴールへ一直線、だ。