向上心があるのは良いことだ、それは間違いない。それにインターハイ出場経験者との練習は、学ぶものも多いだろう。
多少バドをかじった程度の私では、とても練習相手になど成れはしない。大喜くんが見据えているのは頂点だ、仲良く遊びたい訳じゃない。
だけど、とは言え。
せっかくの土曜日に、カノジョをほっぽらかして違う女子がいる所に行くってのは、正直ちょっと堪えるぞ。
そりゃ信頼してるけど、さ。
大丈夫だとわかってはいるけど、さ。
外はもう日も暮れかけ、夕焼けが空を包んでいる。そろそろ今日の練習も終わりなのに、どうにも落ち着かないまま私はボールを放り投げる。描く放物線は微妙に歪んではいるけれど、それでもパスンとネットを潜り落ちていった。
こんな風に簡単に、気持ちも片付けば良いのにな。
全く、私と来たらどうしてこうなんだろう。付き合い始めてもまだ、失礼だとは思いながらも心配してしまう。
大喜くんは、良い子過ぎるから。
私はいつから大喜くんを好きだったのだろう。出逢ってすぐの頃は、頑張り屋な後輩としか思ってなかった筈だ。
毎朝体育館ですれ違うようになってからも、気持ちを持つことは無かった。少しずつ背が伸び、逞しくなっていく様子を見守るのは悪い気しなかったけど。
思えばそれが変わったのは去年の一月、家族が日本を離れる準備を始めたくらいの時期。
中学引退の日の悔しさを思い出させてくれた、心の一番奥にキックを入れてくれた。夢を諦めたくない、どんな手を使ってでも果たしたい。そう背中を押してくれた大喜くんに、心から感謝したのを強く覚えている。
あれから色々と忙しい日々を送り、誤解も六階もあったり無かったり。そして雪が舞う小浪湖で、大喜くんは言ってくれた。好きです、と。
――まさか向こうが先にそう来るとは思ってもみなくて、スゴい取り乱したっけ。
私だって大喜くんを好きになっていたのに、形に出来ないままだった。なのに迷いなく気持ちをぶつけてくれて、どれだけ嬉しかった事か。
大喜くんは本当に、良い子だ。この子を傷つけたくない、大事にしたい。そう思ってゆっくり二人で歩んできたのだけれど、なんだけど。
やっぱりちょっと、不安かもしれない。
「兵藤さん、かあ……」
借り物の部屋でベッドに転がりながら、悩みの種を呟いてみる。朝練で何度か見かけたし、放課後の部活中にも大喜くんの側にいる事が結構ある子だ。小さめで可愛くて、男子受けするタイプってあんななんだろうか。
そりゃ大喜くんの気持ちがそう簡単に変わるとは思えないし思いたくない、だけど――あちらが
私は大喜くんを好きになって、本当に幸福だ。誰とも比べられないくらいに、この想いは何より強い。でもこれと同じくらいに強い感情を横からぶつけられたら、大喜くんはどうするんだろう。
私自身がこうなって気が付いたけれど、一目惚れであれなんであれ恋をするというのは下手をしたら『一生モノの出来事』になりかねない。優しい大喜くんが、それを拒みきれるだろうか。
私は拒んでほしいけど、でもなあ……。蝶野さんの件もあるし、どうなるか分からない。て言うか拒んだとしても、向こうが変にやる気出してストーカーとかなってもスゴい困る。
どうも帰りが遅いのも気になるな、晩御飯でも一緒してるんだろうか。
ああ、モヤモヤする。
――まあ大喜くんは兵藤さんじゃなくて、そのお兄さんの所へ行っている訳だ。
心配するのも野暮ではある、大喜くんは良い子である以上に真面目な子なんだから。色々と吸収して、レベルアップして戻ってくる事だろう。
「ん、……ふむ?」
はて、そう言えば。
大喜くんって笠原くんといい針生くんといい、男子からの好感度がやたらと高い。後輩の男子にもなつかれてるみたいで、その子が蝶野さん相手に失礼なこと言って巻き添えで怒られたとか言ってたな。
大喜くんは良い子で真面目な子で、そして可愛い子だ。だからモテるだろう、女子はもちろん男子にも――……。
「……っ!?」
頭の奥に芽生えた形容しがたい感情を、力尽くで深層へと押し込み直す私。
いや、いやいや。いやいやいやいや。それは考えちゃダメだ、
やー……まったく心臓に悪い事ばかりだなぁ、最近は。
まああれもこれも、大喜くんが帰ってきたら聞いてしまおう。カノジョなんだから、それくらい踏み込んでも構うまいさ。浮気しないでよ、と釘刺しておくのも手だな。
なんにせよ今は待つだけだ、他に何が出来るわけでもなし。
早く帰ってきなさい、言いたい事もしたい事もあるんだからね。
見上げた窓の外には、初夏の星が瞬いている。
もうじきインターハイ予選だ、パフォーマンスを上げるためにも悩み事はなるべく減らしておこう。
二人過ごす、新しい日々の為にも。