凍てつく寒ささえ熔ける、熱い思い。
胸の裏に芽生えた気持ちはもう、止められない。
ただ駆け出す、思いのままに。
家族に秘密を持つというのは存外に疲れるし、なにより罪悪感を抱かざるを得なくなる。でもまさか、今全て言ってしまう訳にもいかない。
生活リズムを戻すために、敢えて早起きしたんじゃない。部屋に一人でいると――
まだのんびりしていたい、とは思わない。早く六日が来てほしいし、可能であればもう発ちたい。
両親や祖父母に一切不満はない、雪に輝く冬の長野も嫌いじゃない。だけどそれ以上に私は
ああ、どうして私はこうなんだろう。せっかくの団欒を楽しめないなんて、薄情にも程がある。
朝一番に会いたいと思う人がいる、それを恋だと言うのであれば。きっと私はそうなのだ。恐らくはずっと前から、そうなっていた。目を向けるのが怖かっただけで。
だけど大喜くんの方が私をそんな風に見てくれるとは、とても思えない。蝶野さんから告白されているんだし、まさか私なんかを好きになることは無いだろう。……『帰ったらお時間頂けませんか? 話したい事があります』、その文面の真意は何だろう。知りたいけど怖い、大喜くんの気持ちを知ってしまうのが怖い。
小波湖へ向かう車のなか、そんな思いだけがグルグルと回って止まらない。
大喜くんは今ごろどうしているだろう、なんてふと窓の外を見やった刹那。
マナーモードにしていたスマホが、手の中で振動を奏だした。
「ぁ、……」
もしかして、と期待して画面に視線を落とす。でもそこにあったのは、花恋の名前だった。
そこでガッカリしてしまう自分に嫌気がしつつもメッセに目を通すと、まあなんというか愚痴に見せかけたノロケ話。
クリスマスも年末年始も二人きりになれなかった、今日明日は男バド総出で長野にスキー旅行にいっちゃって会えない、カノジョ放り出してなにやってんだー、か。まったく新年からお熱いな、我が親友は。そう言えば夢佳からも、素っ気ない感じを装いながらもノロケが届いていたっけ。みんな幸せそうで何よりだ。
私もいつか、こうなるんだろうか。大喜くんとの何気無い時間を、こんな熱量で誰かに話す日が来るんだろうか。……無いんだろうな、きっと。
適当に受け流してスマホをしまい、車窓に広がる雪景色を見つめる私。今はこっちの事だけ考えよう、それで良い。せめて家族でいる時間くらいは、良い子にしよう。思えばこんな風に出掛けるの、いつ以来だろう。滅多にない機会なんだ、楽しそうにしないと。
愛想だって大事なんだ、いつまでも小さい子供じゃないんだから。お年玉だって貰ったし、孫娘としての立ち位置を全うしないとね。
そんなろくでもない事を考えていた私は、この時まだ気づいてもいなかった。車を降りて少し経ってから、自分の浅い認識を心から恥じる事になるのを。
愛想笑いなんかしようと思った自分を殴りたいくらい、それはあまりにも荘厳に過ぎる。
小学生の時に何度か、冬の小波湖に来たことがあったらしい。でも基本的にこっちへ来るのはお盆だったし、それさえバスケが忙しくなるとパスしてしまっていた。だからそう、私はこの景色を――知らなかった。
一面の銀世界に白く凍りついた湖、向こう岸には僅かな建物と聳える森。そしてそれを包み込むような銀嶺。
心の底から美しいと思う、小賢しい建前が消え失せるくらいに。
ああ、でも。でも私は真っ先に、こう思った。
朝一番にだけじゃない、いつだって会いたい。ずっと隣にいてほしい、それがワガママだと分かっていても。
気が付けば私はスマホを構え、その風景を撮影し――大喜くんへと送ってしまっていた。一瞬の後悔はでも、ワカサギ釣りに小波湖に来たことを慌てて付け加えた時には期待へと変わってしまう。
花恋の話が確かなら、大喜くんは針生くんたちと一緒に志賀高原のスキー場にいる筈だ。もしかしたら、ひょっとしたら。私に会うために、ここまで来てくれるかもしれない。会いたいとも来てほしいとも告げないけれど、大喜くんなら察してくれると信じてしまう。
そんな都合の良い甘ったれた事ばかり考えている自分に、思わず苦笑しながら既読表示を確認しスマホをポケットにしまい込む。
まったく、酷い先輩だな私は。何も与えず求めてばかり、卑しい女だ。大喜くんはきっと、こんな私を好きにはなってくれないよ。
でも、それで良い。思いが伝わらなくても構わない、良いんだ。銀色の世界に包まれながら、ただ祈る。この気持ちが、ずっと色褪せず胸の中で燃え続けてくれるように。
きっとそれが私の心臓を動かし、明日へ進むための原動力になる。
どんな結果になろうとも、私はそれを受け止めて歩き出せる。
冷たくも麗しい厳冬の風を感じながら、氷上で私は佇む。来るべき時を信じて。
今回は千夏先輩の話ですが、どうも扇町さんは団欒シーンが書けない人なんですよ。
縁がないので。