肩書きが人を作る、とは言うけれど。それに押し潰されてしまう人間だって少なくはない、むしろ多いだろう。立場にふさわしい人間だけが、そこに安住できるのだ。
そういう意味では、少しだけ心配は残っていた。あの熱く燃えた暑い夏、湊崎戦の前に吉谷先輩と小池先輩がインハイ終了後に引退すると聞いて、千夏はプレッシャーに押されて丸まっていたっけ。その日は試合前の緊張で済ませられたけれど、夏が終わって次期キャプテン就任の話が舞い込んだ時は酷かった。
誰も頼ろうとしない、弱音も吐かない。与えられる立場に応える為必死になり、作り笑顔だけで私たちに接していたな。研ぎ澄ませた刃のように、絶死の覚悟でコートに立つ姿は痛々しくて仕方がなかった。もっとこのチームで試合がしたい、と言ってくれた千夏はそこにはいなかったのだ。
でも、だけど。今になって私は、思うのだ。
余計な心配をしたものだ、と。
ウインターカップが終わってからの年末年始に何があったのか、それはさっぱり分からない。
分からないけど、休み明けにはもう千夏さんは大きく様変わりしていた。まるで中学の頃みたいに屈託なく笑い、そして全力でボールに向かう。迷いも悩みも振りきって勇往邁進する、我らがリーダーがそこに偉容を示していた。大人の余裕さえ漂わせ、顧問からも「大人より大人」なんて言われている。
まったくどうなってんだか、あの子は。
暮れから三ヶ日までは親戚の家で両親と過ごしたそうだけど、久しぶりに目一杯甘えてリフレッシュしたのかな。こちとらずっと実家住まいだし親の顔なんか見飽きてるけど、一年近く合わなければそりゃ再会が嬉しいよね。思えば家族と離れてたせいで荒れていた部分もあったんだろう、それは想像できる。
しかし本当に、それだけだろうかな。
もしかしたら、もしかして。
――同居人が
最初に聞いたときは「あんたバカなの!?!」とオブラートに包む暇もなく本音をブチまけてしまったな、まああれは仕方ないけど。だって一個下の男子がいる家に華の女子高生が居候とか、バカじゃなかったらなんだってんだ。すむ場所が欲しいなら言ってくれ、愚弟を蹴り出して部屋開けてやるから。て言うかあれはとっとと追い出したい、最近色気付いて気持ち悪いんだもん。男子なんか嫌い、鬱陶しい。
それはそれとして、だ。
あれこれ探ってはみたけれど、あの大喜ってのは別に悪い奴でも無さそうだった。真面目だし人当たり良いしうちの弟よりよっぽど良い子だ、あれが近くにいて気遣ってくれるのは良いかもしれない。
でも春からずっと同居してた訳なのに、年末年始の数日だけであそこまで人は変わるもんだろうかな。もしそれがあるとしたら、よほど大きな出来事を経たとしか思えない。
「ん。……んん?」
千夏の同居先には、一個下の男子がいる。
つまりは同じ家に寝起きしている間柄。
冬は元来人肌恋しい季節だし、イベントも多い。
周囲から
そこから導き出される解答は――?
「いや、……いやいや。いやいやいやいや」
あの女子らしさを親のお腹の中に忘れてきたような、ワンパクでたくましい子に限ってまさか。私だってそっちには無縁なのに、部長として忙しい千夏さんにそんな余裕はあるまい。
無いと思いたい、いやまあ自由恋愛の社会ではあるけど正直複雑すぎる。
脳内に沸き上がってくる多種多様かつ夢のような妄想の数々、それを無理矢理頭の奥に押し込めて私は意識をバスケへと引き戻す。
インハイ予選は目の前だ、集中しろ。勝ち進めば三回戦で彩昌、夢佳とカチ当たる。嫌味だけど才能は誰よりも抜きん出ていた天与の暴君、あれを相手にしてどう戦うべきか。そしてそれを征しても決勝では去年と同じ、籠原が立ち塞がって来るのだ。向こうだって更に腕を上げている筈、去年勝ったとは言えど油断なんか出来ない。
準備はいくらあっても足りない、戦う相手は強豪ばかり。最後の夏を勝利で終えたいのは何処も同じ、それを平らげて突き進まなければ。
準優勝は敗者だ、負けて良い戦いなんか一つもない。一度負ければすべてが終わるのだから。
さあ、勝ちに行こうじゃないか。