余計な事なんかじゃない。
松岡先輩の言うように夢佳さんが復帰しなければ、きっと千夏先輩たちは確実にインターハイへと進めただろう。この地域では長年のライバル籠原学園相手以外ではまず苦戦さえしない、前年度インターハイ出場校なのだから。
だけどそんな事に、なんの意味があるんだ。果たすべき約束も乗り越えたかった壁もすべて迂回して手にする勝利には、きっと栄光なんて無い。俺もそれは痛感させられている、勝つべき相手に勝てないままじゃ逃げたのと変わらないんだ。
それに、……それに。あんなにも千夏先輩は、楽しそうじゃないか。
中学まで一緒だった親友と戦うんだ、葛藤もあるだろう。遮二無二走り続けてきたんだ、苦痛も感じているだろう。それでも、それさえも噛み砕き飲み干して、あの人は歩みを止めない。絶望さえ叩き潰し、その瞳はいつだって曇ることを知らない。
俺は知っている、千夏先輩の覚悟を。その決意を。
だからこそ軽々しく頑張れなんて言えない、それでも俺は――声をあげ続ける。
家族と離れてたった一人、知らない人たちに囲まれて過ごす。それがどれ程心細いか、俺には分からない。実家を離れて遠くへすむなんて、考えたことも無い。
だけどその辛さは、壁の向こうから伝わってきていた。
あの日ほんの短い時間聞こえたそれは、声を殺した啜り泣きだったのかもしれない。もしかしたらそれ以外の、俺には分からない何かかもしれない。なんにせよ、割りきれないものを抱えながら過ごしているのは確かなのだろう。俺は千夏先輩の家族じゃない、友人でさえないかもしれない。寄り添うことも出来ず、ただ唇を噛んで不安を振りほどくばかりだった。
あれから時間は過ぎて俺たちの関係は変わり、想いを伝えあうことが出来た。
付き合いだしてからも色んな事を経て、俺が先輩の為に何が出来るかとか考えるようになって。
改めて俺は思う、今まで積み重ねてきた事は間違っていない筈だと。回り道であってもなんであっても、何一つ無意味な事は無かった筈。
千夏先輩を好きになった事、同居し初めてからの事。
うまくいかないまま線を引き合った事、それを撤回した事。
人を好きになる辛さを、喜びを知った事。
全部全部、必要だったんだ。俺が俺でいる為に、千夏先輩の側に居続ける為に。
頼ってくれなんて言わない、どこまで行っても俺はそこまで大層じゃない。だけど側で支えるくらいなら、きっと出来る。
試合は佳境に入り、もう決着の時が近づきつつある。
夢佳さんと相対し全力で立ち向かうその様は、般若のように美しい。汗を散らしコートを駆け抜け、死力を尽くしても尚戦う事を止めない。その果てに必ず勝利があると信じて、何があろうと引き下がらない。灰になるまで止まらない、絶死の猛攻。すべてを賭けた総力戦は、きっとこの人にとって理想の戦いなんだろう。
その背を追いかけて、俺ももっともっと強くならなければならない。いつか隣に立つ、その日の為に。
立ち上がって声援を送りながら、俺は大切な人を見据える。勝ってほしい、報われてほしい。笑顔でいてほしい、そう祈りながら。
「――っ」
峻烈に床を蹴り、マークを強引に捩じ伏せボールを手にした千夏先輩。次の瞬間俺が思い浮かべたのは、いつもの朝見る光景。
俺よりも早く体育館に入っている千夏先輩が、シュート練習をしている姿。
一瞬の過不足もない、完成したフォーム。
何百回何千回と繰り返してきたであろうその動きが、まさしくそこにあった。
刹那の間に交差した視線、伝わってきたのは確かな意思。
大丈夫だよ。
分かってるよ。
私は負けないから。
そこで見ていて欲しいな。
風のように流麗な仕草から放たれたボールは、綺麗な放物線を描き――あるべき場所へと吸い込まれていった。
最初からそうなると、決まっていたかのように。