泣くのは恥ずかしい、と思うようになったのはいつからだろう。子供みたいだ、とか男の癖に、とか色々と理由は付けられる。でも俺にとって一番大きかったのは、泣いたら自分の弱さを誤魔化せなくなってしまうから。
俺は小さくて弱くて、でもそれを認めたくない。格好悪い泣き顔なんか見せたくない。だから涙を堪えるようになったし、人目があれば平生を装えるようにはなった。それが強くなることだ、とすら思ってしまった。
でもそれは違うんだ、泣いてしまう事より泣けない方がずっとずっと辛いんだ。
誰にも涙を見せられないのは、弱さをさらけ出せないのは、とても苦しいんだ。
泣き崩れる千夏先輩の側で黙ったまま、俺はそれを噛み締めていた。
何故寄り添わなかった。医務室へ運ばれていく千夏先輩を、何故茫然と見送っていた。客席から飛び出していく事も出来たろう、例えそれが無理でも様子を見にいく位は出来た筈だ。いつか雛が脚を傷めた時は、なにも考えず庇おうとしたのに。
あの時の俺は『大丈夫ですか』のメッセさえ飛ばせず、歯を食い縛っているだけだった。
同居がバレるかもしれないから、先輩はこんな姿を見られたくないだろうから、そんな
先輩は言ってくれたじゃないか、辛いときは側にいると。俺はどうして、それが出来ない。
夢佳さんに詰め寄られたときでさえ、俺はなにも言えなかった。俺の方が聞きたい、とさえ思った。
言えば良かったんだ、誰も悪くなんか無いと。俺が千夏先輩を支えるから大丈夫、と。
治療を終えて帰ってきた千夏先輩は、泣かなかった。心配しないで、と笑って言ってくれた。
ここは――猪股家は、先輩にとって自分の家ではない。俺たちは先輩にとって、家族ではない。だから弱さを見せたりしない、泣いたりはしない。何事も無かったかのように、いつもの通りに過ごしていく。
それがどれだけ辛い生き方か、俺には見当もつかない。だけどその苦しさは、気配のような形で伝わってきた。
傷がまだ癒えてもいないのに朝早くここを出たのは、朝練の為じゃない。弱った姿を見せたら、俺が心配するから。先輩はいつだって、俺を大切にしてくれる。自分の事より俺を優先して、いつも俺を導いてくれる。
千夏先輩は優しくて強い人だ、そしてそうだから分からないんだ。そうやって取り繕われる側が、どう思うかを。
俺はバカで弱くて、どうしようもない男だ。でも、それでも。出来ることは、あるはずなんだ。
もっと俺の頭の回りが良ければ、もっとスマートに格好つけられたら、他の行動もあっただろう。
だけど俺は、そうなれない。何処まで行っても、俺は俺でしかない。千夏先輩が泣くことが出来るであろう場所へ、背負って連れていくくらいしか出来ない。強引で馬鹿馬鹿しい話だけれど、それしか思い付けなかった。
人の通わない、風の音が声を掻き消してくれる川縁。ここなら泣いたって気にならない、なんて直球の言い回ししか出来ない自分が恨めしい。
そう聞いた千夏先輩は小さく笑って、そして数秒の後――顔をクシャクシャにして大粒の涙を溢し始めた。敗戦への悔恨を、仲間たちへの懺悔を、嗚咽と共に吐き出しながら。
感情を爆発させ子供のように泣きじゃくる千夏先輩の隣で、俺はただ水面を見詰めている。
何を言っても何をしても良くない気がして、無言で身動ぎもせず。
ただ心の中で思う、強くなりたいと。俺はもっと強くなろう、大切な人の為に。誰であろうと負けはしない、何であろうと平らげてやる。
暮れていく六月の夕陽を浴びながら、俺は固く誓っていた――。