一学年上とは言え、練習ですれ違う程度はあった筈だ。でもその存在を意識したのは中三の終わり、高等部の部活に混ぜてもらうようになってから。それはつまり、俺は本気でバドに向き合うのが遅かったという事なんだろう。ただ好きなだけで、別に強くなれなくて良い。取り立てて上に行くとか考えもせず、なんとなくやっていただけ。少なくとも二年の秋までの俺は、そんな感じだった。
中学バスケを不本意な成績で終え、悔し涙を流しながらシュートを放ち続ける千夏先輩を見たあの日、俺の心の一番深い部分に火が灯るのを感じた。人はあんなにも熱く激しく生きられるんだ、そう知ったから。
その頃針生先輩も中学バドを引退し高等部の方で練習していたろうから、それで顔を会わす事がなかったんだろうな。
そんな人と今鎬を削りあっている、なんだか感慨深くさえある。
戦略は向こうが遥かに上、技量も敵うとは思えない。振り回されればこっちの体力が持たない、展開を見極めて勝ち筋を掴むしかない。兵藤さんの教えはつまり、「自分を見失うな」という事だ。焦るな驕るな、冷静になれ。猪突猛進しかしてこなかった俺には結構な難題だけど、やってみせる。
そうでなきゃ――お互い、楽しめないから。これが最後の真剣勝負だ、半端な終わり方はしたくない。
コーチしてもらう事はあるしダブルスも組んだ、練習試合も何度かした。でも公式戦で当たるのは、これが最初で最後。もし去年遊佐くんに負けなかったら当たっていただろうけど、その時針生先輩が見ていたのは兵藤さんだ。俺相手じゃ本気にはなってくれなかった、そう思う。
でも今この時だからこそ、何もかも擲って全力を出してくれている。この試合はまだ準決勝でしかないんだ、ここで全て出し切れば決勝で動けなくなる。それを承知で死力を尽くしあう、これが楽しくない訳がない。
でも、それでも。まだまだ、底は見えてこない。だからこそ、更にギアを上げていく。
心臓が破れるまで、脚が砕けるまで、後先考えずに。
遊佐くんに雪辱を張らしたい、千夏先輩の隣に立ちたい。その思いはあるけど、そこを押して尚突き進む。
負けたくない。
負けられない。
強くあらねばならない。
ただ真っ直ぐに進み続けるのが、俺だから。
一瞬反応が間に合わない、あと1cmが届かない。僅かずつリードを奪われていきながら、それでも食らい付く。遅ければ速くなれ、届かないなら伸ばせ。無様を晒すな、俺は――まだまだ強くなる。
「……っ」
撃ち込まれた一撃は重く、それでも全身全霊を賭けて叩き返す。針生先輩の動きも更に速まり、力が増していくのも感じられた。全力の更に先、本気の限りで向かってきてくれる。――松岡先輩なら、こう言うだろう。火がつく前に勝ちきれば良いのに、と。夢佳さんを復帰させたのを、「余計なこと」なんて言ったように。
冗談じゃない、な。これでなくちゃ、こうこなくちゃ。全部撃ちきって、一切合財使い果たして、それで勝たなけりゃ意味がない。
今こうしているからこそ、あの日千夏先輩が見せた涙の重さが分かる。最後の夏に、かつて夢を抱きあった親友と決着を付ける筈だった。それなのに途中で道を奪われ、自分が預かり知らぬ所で全部終わらせられるなんて如何に無念だっただろう。勝っても負けても、それがちゃんと果たせれば満足はしたかもしれない。なのにそれさえ許されないなんて、神様というのは残酷なものだ。
だから俺は神様には祈らない、すがらない。頼るのは自分の積み上げてきた時間とそして、大切な人への想いだけ。
全くそれが、嬉しくて堪らない。一息毎に肺が破れそう、一足毎に骨が軋み上がる。つまりはベストコンディション、生涯最高の力が出せている。
まだ終われない、終わりたくない。もっともっと、戦いたい。
針生先輩もきっとそう思っている事だろう、口の端に笑顔の欠片が見えている。
さあさあ、さあさあ。ここからだ、これからだ。全力で来てください、俺もそうしますから。