俺は何かを遺せたのだろうか、なんて終わってから思ってしまう。こういう所なんだろうな、俺が兵藤さんに勝てなかったのは。あの人は一々悩むまい、受け取るか否かは相手の問題だとでも言うかもしれない。少なくとも俺は、――あの日感じる事があったわけだけど。
去年のインターハイ予選、矛を交える最後の機会。最後の最後で、余計な事を考えてしまった。終わりたくない、終わらせたくない。いつだってその瞬間を待ち望んでいた筈なのに、幕引きが近付けば離れがたくなる。ああ、祭りが終わってしまう。もっともっと、戦いたいのに。
その僅かな隙を見逃すほど、実戦は甘くない。激戦の末とは思えない、まるで身体を撃ち抜くような鋭い一撃が、こう伝えてきた。甘えるなよ、今度はお前が下の世代に送り出される側になるぞ、と。
言葉数は少ないしどこかズレてる癖に、そういう部分だけは雄弁なんだ。まったく、嫌になる。
――分かってるんだよ、そんなのは。
俺は後輩の成長を素直に喜べる程性格が良くはない、だって負けるのは悔しいから。下級生を相手にしてても、結局はムキになって勝ちにいってしまう。
良いセンパイにはなれないな、と自覚しているから部長への推薦も断った。西田のバカが部長向きかはともかく、俺よりはマシだろう。
そんな俺についてきたのが、大喜なのだけれど。
ちーが弱音吐いてるの見たこと無いとか彼氏になるやつも立派なんだろうな、とかあれこれ煽ってガンガンしごいてやったけど、へこたれやしない。根性があるんだか単にアホなんだか、どっちでも良いけど退屈はしなかった。
でも、だけど。それだけではいられないから、あかりと晴人を上手く使って兵藤さんの所へと送り込んだんだ。俺の下で練習させてれば、弱点も何もかも筒抜けのままになる。その状態でインターハイ予選に出られたら、俺が困ってしまう。
どうせこの夏で引退なんだ、ならばワガママくらい言っても良いだろう。全国に出るより何より、大喜と真剣勝負をしておきたかった。勝っても負けてもこれっきり、意思を託すなんて大袈裟なものじゃないけど――示したいんだ。俺が歩んできた道は間違っていないと、辿る意味のあるものだと。
そして臨んだ地区予選準決勝、想像を越える程成長した大喜との試合。勝負を決めたのは、俺のミスショットだった。あと少し内側に入っていれば、とも思ったけれどそれは無理な事。何もかも出しきった末にああなったんだ、悔いはない。もしあるとしたら、コートで涙してしまった事くらいだ。カッコ悪いったらないな、俺と来たら。兵藤さんみたいには、やっぱりなれないままだ。そもそも負けておいてこれだもん、全く以てやれやれだよ。花恋に愛想尽かされるぞ、俺。
予選決勝で戦う大喜は、疲弊を押して尚気迫で食らい付いている。負けられない理由の一助くらいにはなっているのかな、俺も。二年かけて教えたスタイルはちゃんと生きていて、俺の打ち筋を継いでくれているし。
とは言えそれで勝てるほど、バドは甘くない。徹底した対角の揺さぶりは、疲れた身体を更に痛め付けるだろう。軋む手足はミスを呼ぶ、悪循環は払拭しきれない。もし今までの試合で遊佐兄の体力がもっと削られていたら、もう少し肉薄出来るかもしれないが。
汗を散らし必死で戦う姿を見ながら、一足先に終わってしまった身で思う。終わったら、何か話そうと。
簡単な事で良い、込み入ったのは苦手だ。軽口叩いて励まして、それで十分。俺は負けず嫌いで空気を読めない、見下げ果てたセンパイで構わない。優しさだの気遣いだの、そんなのが易々と伝わってしまったら恥ずかしくて堪ったもんじゃない。
立派なセンパイにはなれなくて良いさ、俺は俺で良い。