まったく、興を醒ましてくれるんだから。
不粋な言葉を受け流すのは得意だけど、こういうのはちょっと堪えるかな。
そりゃまあテストはあるよ、いくら栄明がスポーツ私立であっても高校なんだから。そして日々を練習に捧げる私には、勉強をする暇なんか無い。というかほら、結果さえ出せれば座学なんてどうにでも出来る筈。いつだってそうしてきた、多分今年も大丈夫さ。
「私は欲張りだからね、全部楽しむよ」
テストはともかくインターハイは絶対楽しみだ、今度こそ日本一の栄冠を手にして見せる。蝶野元代表の娘、なんてオマケみたいな肩書きではもう呼ばせない。「赤毛の美しい新体操選手」麗しき蝶野雛の名を、全国に轟かせてやる。
それに夏はイベントも満載だ、日焼けするわけにはいかないから選択肢は狭いけど。
なんてにいなちゃんに期待溢れる夏の話をしていて、私はふと思い出す。
去年の今頃の事を。
大喜が県予選に敗れ、千夏先輩から「近付きすぎるのは良くない」と線を引かれた。そんな夏の始まりは、私の恋の始まりでもあったのだ。
元々気持ちはあったんだろうけど、それを恋という言葉に当て嵌められたのは夏が来る少し前。出遅れた私は形振り構っていられず、大喜が好きなのは千夏先輩なのだと知りながらも距離を縮めていった。
あの花火大会も、かなり勇気を出して誘ったんだけどな。「で、他に誰が来んの?」じゃないよ、バカ大喜。そこで私は感じたんだな、これは強引にでも私が女子だと意識させる他無いと。
で、夏休みも後半戦に入った頃。私は生まれて初めて、告白というものをしたのだ。きっと大喜は不意打ちとしか思わなかっただろう、あれはバカだから。コンディションを整えた上普段しないメイクをして服装もちょっと攻めて
正直それで関係がすぐに変わるとは思ってなかったし、だからこそ返事はいらないと言っておいた。どうせ千夏先輩は卒業したらいなくなる、時間はいくらでもあるんだ。好きだと告げて少しずつ外堀を埋めて、時間をかけて私への気持ちを育てていけば良い。……なんて勘違いをしていたんだから、私も相当だったな。
大喜がそんなフラフラした奴だったら、そもそも好きになんかなってないのに。
秋合宿で面と向かって拒絶され、そこから泣いて騒いで周りを振り回して。それでもまだ理解できず、引きずったままでいたな。
今はもう、そんな事はないけれど。
「今となっては、自分でも驚くくらい凪よ」
そう言えるようになっている自分に、少しだけ驚いてしまう。大喜や千夏先輩と同じ空間にいるのが辛い、と練習をフケようとしたのが遥か昔のようだ。二人が付き合いだしたと聞いたときの胸の痛みも、既に遠い記憶になった。大喜と私は友達で、千夏先輩は私にとって尊敬する先輩。それで良いじゃないか、と素直に思える。
……恋に恋する、ってのはああいう事なんだろうな。大喜の気持ちとかは実際関係なくて、人を好きになる事自体が楽しかったんだ。
でもなぁ、正直暫くはしなくても良いかな。あんな精神的にブン回されてたらおかしくなる、忙しいったら。
この先誰かを好きになれるか自体、全然分からないけどね。まあ四六時中誰かしらと繋がってる蛸足配線もいるし、私も何処かで良い縁があったりするのかもしれない。
――と。そんな事を考えたせいか、騒がしい声がやって来た。
「ご一緒しましょう! 夏の思い出作りましょう!」
目をキラキラさせる菖蒲にたじろぐにいなちゃん、それに合わせて愛想笑いを浮かべる私。噂をすれば、って奴か。菖蒲に「誰か男の子紹介して」と頼んでから結構経つけど、そういえば音沙汰無いな。まあ実際知らない男子連れて来られても困るし、今度ちゃんと言っておいた方がいいかも。
今はまだ友達と遊ぶ方がいいや、私はこっちの方が性に合う。
色恋はともかく、せっかくの夏休みだもの。インターハイ終わったら、全力で遊び倒すんだ。一度しかない高二の夏を、思いっきり楽しもう。
…………テストの事は、とりあえず置いといて。
体育館を吹き抜ける生温い風を感じながら、いつか古文で習った一文を口のなかで唱えてみる。
遊びをせんとや生まれけむ、戯れんとや生まれけむ。どんな意味なのかはすっかり忘れたけれど、なんだかいい言葉な気がしている。
この先誰かを好きになってもならなくても、人生が上手くいってもいかなくても、結局は同じ。私は楽しむために生まれたんだ、この四肢はそのためにあるんだ。
さあ、夏が始まるよ。