夏が来る、か。定期テスト前の勉強中、手洗いに立ってふと目に入った花火大会のポスターを一瞥し、俺はほんの少しだけ立ち止まる。
あれからもう一年になるのか、早いものだ。三年しかない高校生活も秋になれば折り返しになるのに、意識してなかった。
いや、意識したくなかったんだろう。あの日からそんなに経ったなんて、考えたくない。あんなにも脈がなかったなんて、思い出したくもない。
どうも俺は蝶野さんにとって、
夏休みの土曜日集まって勉強会しよう、そう言い出したのは蝶野さん。宿題の多さに閉口しての発案だったのだろうけど、俺にとっては渡りに船。少しでも距離を縮めたくって、みんなを焚き付けて参加させてもらったんだ。その頃俺は蝶野さんを、――
体育館で毎日のようにあのレオタード姿が拝める猪股や笠原が羨ましいけど、栄明の運動部は何処も猛者過ぎて未経験者お断り。まさか遠くから覗くわけにもいかないし、教室で過ごす時間も限られている。どのみち休みに入れば暫く会えなくなるし、この機会に連絡先くらい交換できたら良いな。
……なんて思っていた自分が、どれ程甘い算段だったか。俺はその後、それを思い知ったのだ。
待ちに待った花火大会、蝶野さんも友達と行くと言っていたし俺も気合いをいれて出掛けたっけ。
いつもの友達と雑踏の中を歩いていても、気持ちは蝶野さん一色。何処かにいるなら会いたい、そう願いながらもなかなか見付からず少し焦りだした頃。
やっと出会えた蝶野さんは言ったのだ、大喜と一緒だと。匡も来る筈だったけど風邪引いて来れず、他も予定合わなくて二人になった、と。
まるで言い訳をするような声音の蝶野さんは、気合いの入った浴衣姿。薄く化粧もした、普段とは違う「女子」な雰囲気。そこに気がついてやっと俺は、……分かってしまった。蝶野さんは猪股と二人きり、それも友達としてではなくもっと上の関係として。二人の仲の良さは知っているけど、だからって
そこから先は、よく覚えていない。少しでも平生を装おうとして「一緒に花火観ようよ」とか言った気がするけど、どうだったかな。
二人が実は付き合っていない、と知ったのは季節が冬に入ってから。文化祭の劇でキスしたとかしないとか、そんな話もあったのに結局は違ったのか、なんて胸を撫で下ろしたものだ。
いやまあ、真相を聞いてからはそうも言っていられなかったけど。猪股が蝶野さんを振った、なんて。
一体二人に何があったのか、そこまでは分からない。でもあの二人は暫くギクシャクし、二年になる直前まで確執が残っていた。
でも今はもう、何事も無かったように仲良くしてるから不思議だ。図書室の壁際で勉強する蝶野さんと猪股、あと笠原は去年とほとんど変わらない。
しかし俺はといえば、今でも蝶野さんに萎縮しているのだ。フリーだと知っているなら告白のひとつもしたらどうだ、と思えど身体は鉛のように動かない。いっそ振られてしまえば、この胸のモヤモヤも消えてくれるのに。
今年の夏は、どうなるんだろう。花火大会に誘ったら、どういう顔をするかな。――決まってる、友達として気さくに接してくれるさ。俺の事なんか、そのくらいにしか見てくれない。
俺は今も蝶野さんが好きだ、でもそれを伝える勇気はない。もし今告白出来たとしても、結果は分かりきっている。きっと少し困った顔をして、俺を傷付けないように言葉を選んで優しく諭すだろう。そういう風に見られない、と。
それは考えうる限り最悪で、でも一番有り得る展開なのだ。
全く、俺はいつまで引き摺る気なんだろう。
高校生活ももう半分、でもまだ半分ある。誰か別の人を好きになってみても、良いかもしれない。まあ今は、目の前のテストを気にするべきだけどさ。 ……さて、そろそろ勉強を再開するか。
気を取り直して歩き出した頬を撫でるのは、熱を孕んだ夏の風。なにかが起こりそうな予感を残し、ただ吹き去っていった――。