ああ、またか。またそうやって、俺を振り回すのか。
その少し寂しげな顔が、鈴の音みたいなその声が、心を抉っていく。悪意なんか微塵も無く、あの日と同じ涼やかな優しさで。
痛みを伴わない致命傷に、胸の奥から見えない血が溢れ出す。
いつだってそうだ、サキは家族のように暖かくてそして。――赤の他人よりも残酷だ。
俺は人よりなにかができるとか、そんなのは何もない。でも、だからって「兄」という肩書きからは逃げられない。親が動けないなら、俺が家を回さなければいけないんだ。出来なくてもやる、やるからには失敗してはいけない。そうでなかったら、俺はここにいる意味がない。
そんな風に思っても所詮、俺は俺でしかない。今ならそう割りきれるけれど、昔はそんな事考えられやしなかった。
あの日どうしようもなくなってしまった俺は、サキに救われたのだ。そして『にいちゃのお姉ちゃんみたい』という
それが少しだけ間違っていると分かったのは、一年くらい後。「好き」という言葉の意味を、なんとなくだけど理解し始めた頃だった筈だ。遅ればせながら気付いた初恋に、俺は浮き足立った。
どうすれば良いか分からないし相談する相手もいない、一人で悩んで悩んで、やっとこさ捻り出した告白。きっとサキは受け止めてくれる、そんな都合の良い事を願っていたのを覚えている。
ただ実際には、叶わなかったのだけれど。『そういう風には見られないかな』、とアッサリ俺の想いは袖にされてしまった。肉親に等しい距離にいて、だからこそ俺を異性としては見てくれなかったのだ。
それでも諦めきれず何度も何度も言った、サキはその度に
脈なんて最初から無いのに俺は、それさえ気付く事が出来なかった。
雑踏に包まれて歩く中、思うのはついさっきの言葉。『別れてなきゃここにいないよ』なんて、どういう風に聞けば良いんだろう。あの日見た彼氏とはもう切れたから、こうして俺と一緒に歩いてくれるのか。フリーになったから、とりあえず身近にいる俺を構う事にしたのか。
――いや、そんなのは有り得ないな。そもそもサキは俺を相手になんかしてくれない、自分の弟かあるいは子供くらいにしか見てくれないのだから。
しかし一体俺は、なんなんだ。サキに彼氏が出来たと知った、というか一緒に帰宅するのを目撃してから大分経つ。そこでもう完全に諦めたつもりなのに、どうしてこうも未練がましいんだろう。『恋愛に支配される関係は寂しい』とかよくも偉そうに言えたものだ、結局俺は色恋沙汰で押し潰されているじゃないか。
サキにとって俺は、只の幼馴染み。予定が空いていたから花火大会へ一緒にいくことにしただけで、深い意味なんか無い。たったそれだけなのに一人で勘違いして傷付いて、なんとも間抜けな話だな。
そう言えば、守屋さんの時もそうだった。一方的に「もしかしたら」と期待して、みっともないったら無い話だ。
大喜ならきっと、こんな事無いんだろう。あのバカはずっと千夏先輩を思い続けて、見事に成就させてしまった。本人が聞いたら怒るだろうが、苔の一念ってやつだろう。身の程知らずってのは、最強無敵だから。
でももしあんな風に生きられたら、どんなに幸せだろうか。少なくとも今みたいに、後悔する事は無く過ごせている筈。
盛夏極まる活気の中で、気付かれないよう小さく息を吐く。全く俺と来たら、情けないったら無いな。
見上げた空には星が僅かに瞬くも、薄い雲がそれを掻き消していく。花火が終わって少ししたら、一雨来るかもしれない。
まあ、良いか。どうせその時分には、帰宅の最中だ。多少濡れても風情だと思おう、元々雨は嫌いじゃないし。……あの日はとても晴れた日で、泣く事さえ叶わなかった。もし雨の一つも降ってくれていたら、涙と共に未練もきっと流れ去ってくれたろうに。
全く、冴えないな俺は。こんなだから、こんなだから――。