夏休みは忙しい、休んでる暇がない。そう思うようになったのは、中学に入ってからだろう。少なくとも小学生の頃は、こんなにバタバタしていなかった。九月まではまだ百万年もある、ってスティーブン・キングの『it』だったかな。そんな風に呑気に楽しんでいた時代が懐かしい。
中学高校共に長期休みと言えば公式戦、空いた時間は練習練習。その合間に宿題までやるんだから大変だ、早く学校が始まって欲しいとも感じたな。まあどうせ他の連中に写させて貰うんだけど、それもそれで大変なんだよね。
去年はインターハイで遠出していたこの時期に、今年は遠征へと出掛けていく。思うところは各自あれど、一々引きずりはしない。他ならぬ千夏さんがそう言ったのだ、切り換えていこうと。目指すはウインターカップ、文字通り雪辱を果たそう。悔やんでいる暇など有りはしない、灰も残さない程戦って戦って戦い抜こう。
……まあ今現在貸切バスの車内は遠足気分だけど、うんとりあえず着いたらみんな真面目になるだろう。気の抜ける時は抜いて良いんだ、メリハリメリハリ。
とは言え、だ。さっきからどうも千夏さんの表情が優れないのは、やっぱり気になる。その理由も含めて、ね。
――確か今日から、バドのインターハイがある筈だから。もし遠征がなければ応援に行けたのに、とか考えているのかもしれない。別に彼氏でも彼女でも、気持ちを預けられる相手がいるのは良いことなんだけど。
良いことなんだけど、でもなあ。この女、加減とか知らないからなぁ……。
千夏さんは努力の人で、どんな時でも周囲の分まで重責を背負って駆け抜けていく。それが通じている間はまだ良い、壁に当たると千夏さんは全部が全部耐えきれなくなり丸まってしまう癖がある。ダンゴ虫のナツ、なんて言葉では軽いけど実際大変なのだ。去年も試合前日にそうなってしまったけれど、この夏には今のところその気配はない。その理由が彼氏くん――同居している大喜って男子のおかげなんだとしたら、それに関しては感謝している。
ただ色々と言いたいことも有ったりするのだよ私としてはね、千夏さんにはさっ。
まず何でそういう事をあんな所でブチ撒けるかな、夏祭りはそりゃデートスポットとしては良いだろうけど。それを又聞きで知る親友の気持ちは分かりますか千夏さん、複雑でしたわよっ。
……言い出せなかった、のかもしれないか。もしこれがインハイ予選の直後だったら、本人からではなく目撃証言からの発覚だったならきっと、みんなは思ってしまっただろう。『大事な時期にオトコなんか作って浮わついて』、と。そんな事無いと頭では否定しても、心はそう感じてしまう筈。千夏さんを敵役にするような展開は願い下げだ、今このくらいにオープンにしたのは英断と言える。
三年の夏は終わろうとしている、そしてみんな少しだけオトナになる。それがなんとなく心にあるからこそ、誰も深入りはしていかない。
それは良いんだけどね、うん。
問題は千夏さん、ブレーキとか付いていない人なんだ。『習慣だから』という理由で早朝練習を毎日欠かさない、血を吐くほどのトレーニングも平然と続ける。そこまではともかく、脚を捻挫して松葉杖を使いながらもしれっと練習に混ざろうとするのはおかしい。ハンドリングを中心にするから、でなく休め怪我人。責任感とかじゃない千夏さんの悪癖だ、一回動き出したら止まれない。それがたった一人に向いたなら、どうなるものか。
もしかしたら、――幼稚園児にハムスター預けるようなものかもしれない。触られ疲れて大喜くんが死んでしまわないか心配だ、本気で。
さてしかし、これからどうする気なんだろう。秋になって落ち着けばあれこれ聞かれるようになるかもしれないし、そうなると芋づる式に同居の話にも行きかねない。あんまり波風立たないようにフォローしないといけないかな、これは。
まったく夏休みの後も忙しいのか、人を振り回してくれるよ。まあこれも浮き世の義理だ、やってやろう。
それに今はそんな場合じゃない、遠征して負けて帰るなんて格好悪すぎる。いっそ道場破りの気分で、勝ちにいかないと。
考えるのはまた今度、気持ちは戦闘モードに切り換える。景気付けだ、一切合財賭けようじゃないか。さあ、行こう。