――違うブロックだし、当たるとしても結構先なんだよな。
探していた名前が対戦表に無かった事を思い出し、俺は小さく息を吐く。残念なような安心したような、微妙な心持ちだ。とは言えどうせなら決勝とかその辺が良い、勝っても負けても。去年はこんなこと思わなかったのにな、本当に。
正直今目の前にいる相手より、猪股くんとの試合の方がよほど楽しみだ。彼とは以前何処かの公式戦であったようだけど、誰だったかは覚えていない。勝ったのか負けたのか、それさえ。俺は特別強くはないし、そもそもバドの勝敗は実力に加えて環境や運が大きい。百回やって百回勝ちきるなんてのは、兵藤さんみたいな怪物だけだ。でもあの人、圧倒的過ぎて試合は楽しくないんだよな。弱くても性格悪い人の方が、戦う分には楽しいものだ。
だから、そう。好い人なのに結構やってくれる猪股くんは、予想を越える存在と言える。
「……インハイ予選で、当たってたんだ」
栄明との練習試合を終えて、そういえば猪股大喜ってどっかで聞いたなと調べてみたら大当たり。そうか、再戦だったのか。確かあの日は会場で寝てて、誰かに財布落としてると言われたんだ、もしかしたらあの時のが猪股くんか。
惜しいな、もっと早く思い出せば良かった。そうしたらもっと試合も楽しめたかもしれないし――負けずに済んだかも。
兵藤さんお気に入りの針生って人と試合したくて、この試合は流す程度に留め体力を温存する気だった。でもそうは言っていられなくなったのが、1ゲーム目を取った直後。ゾワリと背中が粟立つような悪寒に、全身が警戒信号を放ち出した。これは、不味い。少しでも気を抜けば、
一秒毎に戦力差が縮まっていく、僅かずつだけれど向こうの反応が速くなっている。対戦相手が試合中に強くなるなんて、考えたことも無かった。兵藤さんみたいな化物を除けば、強い人は基本相手の弱点をねちっこく突いてくる。それがバドの強さだ、それは分かっていた。なのに猪股くんは、正面からぶち当たってくるのだ。強い弱いで言えば俺の方が上、でもそれを力尽くで覆そうと愚直に挑み続ける。
それに対しては、搦め手なんか意味がない。相手より速く強く、ただそれだけだ。
ああ、いつ以来だっただろう。あんな風に、後先考えず戦ったのは。終わってほしくない、とさえ思ったくらいだ。
次の公式戦、いつだっけか。次は勝ちたいな、でも猪股くんも只じゃやられないだろう。お互い全力で挑み会おう、そうしよう。
……まあ、あれからずっと会えてないけど。春の一年生大会も、海外遠征があるから出られなかったし。自分の金じゃないからこっちの都合でキャンセルって訳にいかないのが、高校生の泣き所だ。聞くところによると望月に勝って優勝したそうだ、本人がグチグチずっと文句いってた。凡人が夢語る方がおかしいとか学校の格考えろとか、バカな事を延々と。そんなもんどうでも良い、楽しいかどうかだ。
そう言えば晴人、猪股くんと仲良くなったとか言ってたな。兵藤さんも妹さんが最近猪股くんの事を色々言ってるそうで、「あれに彼氏とかはまだ早いと思うが、猪股なら別に構わんかもな」なんて目を細めてた。それはもう兄っていうか、父親の抱くべき感想だと思うけど。
なんだろうな、俺より周りの方が猪股くんと縁があるんだろうか。それはちょっと妬けるな、うん。
――さてと、考えるのはここまでにしよう。
ラケットを握り直し、俺は意識を切り替える。ここで負けたら台無しだ、去年は別に勝とうが負けようがそこまで執着は無かったけど、今年はそうもいかない。
猪股くんと戦って、勝たないと。それで一勝一敗、イーブンだ。ああそうだ、そして来年のインハイで決着をつけたら最高に劇的じゃないか。
良いぞ良いぞ、そうなってくれ。
さあ、まずはここを勝とう。この先も続く因縁の火蓋を、切って落とすんだ。