夜が明けても尚、胸の高鳴りは収まらない。車の中で触れた手は未だ焼けるように熱く、あれが夢でも幻覚でもない事を教え続ける。
私はきっと、生涯忘れない。眩しい眼差しを、不器用に言葉を選んだ声を。
誰にも言えなくて、でもこうして一人でいるとただ涙が溢れてくる。哀しみのではなく、喜びの涙が。
生まれて初めての事に、身体も心も混乱の只中。それでも確かなのは、この想い。
『私も好きです、いのまたたいきくん』
そう言った私はどんな顔をしていたんだろう、どんな風に見えていたんだろう。
あと一日半、それくらい経てばそれを確かめられる。大喜くんのいる猪股家に、帰れる。
両親や祖父母そしてまだ昇ったばかりの朝陽には悪いけど、私は待ち遠しくて仕方ない。
早く明日にならないかな、なんて考えてしまうのはイケナイ事だろうか。
大喜くんの事が気になり初めて、もしかしたら丸一年くらいになるかもしれない。親の都合で海外へ行くという話にも特に異論を挟むでなく、ただ残り少ない栄明での時間を楽しんでいたあの頃。
ちょっとした切っ掛けで話すようになった後輩男子が、私に思い出させてくれた。中学引退後の、あの悔しさを。あと一歩踏み込めていれば。あと一瞬だけ息が続いていたら。あと1mm、この手が長かったなら。そんな想いに慟哭しながら、体育館でひたすらシュートを打ち続けていたのを大喜くんは見ていたのだ。
何故目を背けたんだろう、あの涙から。夢佳がいなくなり公式戦でも伸び悩み、いつのまにか気が萎え果てていたのかもしれない。
だけど私は、最後の最後で踏みとどまれた。何としてでも
……とは言えまさか、その大喜くんの家に住まわせてもらう事になるとは思わなかったけど。
猪股家の居候になってから、日々は矢のように過ぎていった。大喜くんと蝶野さんがつき合っているのではと無い胸を痛めたり、インターハイを惜敗で終わらせてしまったり、色んな意味で大変な忙しい毎日。思い出せば楽しくて愛しいけど、その時は自分を取り繕うのに精一杯。迷惑かけ通しだっただろうな、私は。そんな見下げ果てた先輩を、大喜くんは見捨てず側にいてくれた。プレッシャーに押し潰されそうな私を気遣い、静かに寄り添って誕生日を祝ってくれた。
そして夢佳との確執が終わりを告げたのも、大喜くんのお陰。大喜くんのお節介がなかったら私たちは再び会う事もなく、互いを憎んだままだっただろう。その頃になるともう私の気持ちは既に固まっていた、ただ名前をつけるのを躊躇っていただけで。
これが恋と呼ぶべきものだと知ったのは、ほんの数日前。お祖母ちゃんの話を聞いて、ようやく。『気がついたら朝一番に、あなたに会いたいと思ってしまいます』――お祖父ちゃんのプロポーズの言葉はまさしく、私の中にある感情そのものだったのだ。
大喜くんに会いたい、会ってこの気持ちを伝えたい。
そう思いながらも家族とワカサギ釣りに出かけた私は、どういう運命の悪戯か――氷の上で大喜くんに告白されていた。
「付き合うってことで良いんだよ……ね」
一応大喜くんには肯定してもらえたけれど、今こうして口に出してみるとやっぱり不思議な気がする。お付き合い、というのはなんだか実感がないしどういう事になるのか分からない。まあとりあえず家族にはナイショかな、照れ臭いし不味い。下手をしたら連れ戻されかねないし、由紀子さんたちにも黙っておこう。バスケの為の居候、というラインは守らなければ。
しかし、だ。改めて考えると、私たちは同居しているわけで。壁一枚隔てているけど同じところで寝起きしているわけで。
これは、これは――大丈夫なんだろうか。
いやまあ、こんなワンパクでたくましい子に変なことを考える男子なんて、…………待って待って大喜くんは私を好きだと言ったわけでつまりは
「落ち着け私、落ち着こう」
急上昇する心拍を抑え込むように枕を掻き抱き、私は自身を律しようと必死になる。朝もはよから盛るな、少しは頭冷やせ私。
にしてもどうしようか、明日の夕方には大喜くんとの生活が再開する。そうなればいずれ、そういう話を考えざるを得ない。
……本当にどうしたもんだろうかな、うん。
私は天井を仰いで、小さく息を吐く。あと一日半、もう一日半。大喜くんの顔を見て、冷静でいられるんだろうか。まあまだ一月五日は始まったばかり、時間はまだある。
とにかくちゃんと考えよう、答えはあるさ。