まったく世話が焼けるったら、どうしてこうも我慢強いんだか。
周りが気付かないようにひっそりと体調崩すな、はた迷惑にも程がある。
「退いて退いて、退けってのー!!」
台車を全力で押しながら廊下を駆け抜け、目指すは自分のクラス。ついさっき耳にした『匡が倒れた』というのが事実であるなら、ちんたらしていられない。急げ急げ、もっともっと急げ。
あれに何かあったら、――ものすごく不愉快だ。好きとか嫌いとかじゃない、そんなもん飛び越えている。
菖蒲は嫌なことをしない、好きなことだけして生きていく。だから絶対、不愉快になるようなことを許さない。菖蒲のそばでは、みんな幸せでいてくれないとダメなんだ。泣くのも嘆くのも、可愛くない。みんなを笑顔でいさせる為なら、いくらでも頑張るさ。
菖蒲は菖蒲が大好きで、菖蒲を好きになってくれる人も好き。だけど今
笠原くんは菖蒲を好きじゃない、だからって放っておけない。だって菖蒲は――。
失礼なメガネだな、が最初の感想。
本気で誰かを好きになった事ないでしょとか、面と向かって言うか普通。多分バド部でマネージャーやってなかったら、話もしなかっただろう。陰険メガネめ、と罵ったりもしたっけ。
だけど考えてみれば、もしかしたら。あのメガネは、本質を見抜けるメガネなのかもしれない。ひなっちの慟哭を経て、二人で話す機会もあって。そんな風に思えるようになってきて、もうずいぶんになる。
余計なことしてウザがったりウザがられたり、それでもなんとなく一緒にいる間柄。
……まあ、好きとかそんなんじゃないけどさ。お姉にまで勘違いされたけど、やっぱり違うんだ。
きっとこれは、気を許せる「友達」としての親愛なんだろう。若しくは単なる腐れ縁、切っても切れない悪縁か。
とは言えもしも向こうが菖蒲を好きだと言ってきたら、吝かではない。こっちからはどうも行きづらいけど、来てくれたら話は済む。菖蒲を好きにならない男子なんかまずいない、間合いに入ってくればこっちのものだ。
でも実際に笠原くんが好きなのは、多分ひなっちなんだよね。あの距離感は九割方そうだ、経験豊富な菖蒲の目は欺けない。
しかしまあややこしい話になると困るから、そこは考えないようにしておこう。
恋愛は軽くて楽しいもの、面倒なことを考えるなんて菖蒲らしくない。
でも自分の気持ちを抑え込むのも、やっぱり菖蒲らしくない気がしてしまう。
重症だな、これは。
そう言えば高砂くんを待たせたままだな、落ち着いたら謝ろう。でもそんなのは後で良いでしょ、うん。
今はとにかく、笠原くんを保健室まで運ばないと。
明らかに顔色が悪い、急変ってレベルじゃない。意識だって朦朧としているだろうに、何で『大丈夫』なんて言えるんだ。そんなだから困るんだよ。
何処まで人を頼らない気だ、人間不信メガネめ。辛いなら辛いって言え、周りに後悔させるなバカメガネ。弱音一つも吐けないなんて、寂しいメガネになっちゃうぞ。
ガラゴロガラゴロ、急ぎすぎて何度もぶつけたせいかキャスターが歪んだらしい。豪快な音を立てながら、菖蒲は必死で台車を押していく。
人一人乗っけて運ぶのも大変だ、でもスピードが出ない分身体には優しいかもしれない。ガタゴト言ってるしプラマイゼロかな。
頑張れ親友、菖蒲も頑張るから。