ああ、これはきっと夢だ。
咲季が自分を悔いるわけが無い、こんなタイミングで寄り添おうとするわけが無い。――キスなんか、しようとするわけが無い。
いつだって別れる別れない愛してる、と忙しい女だ。どうせ今回だって単なるスレ違い、すぐに復縁するだろう。その間に俺を当て馬にしようと言うんだ、自分勝手で面倒臭い。俺が何度ぬか喜びをしたか、咲季相手に今さら期待したって仕方ないのに。
なんか違う、冷めてきた、なんとなくそれっぽくない、理由をつけてはこっちに愚痴っては話も聞かずに行ってしまう。
文化祭の最中に調子を崩して保健室に運ばれた、もしかしたらそこも夢かもしれない。守屋さんが俺の為に身体を張る理由なんか無いし、まさか俺が熱に浮かされて言ってはいけない事を言うわけが無い。
夢なら早く覚めてしまえ、俺は――忙しいんだ。
咲季に振り回されるのは、今に始まったことじゃない。
小さい頃から俺を守ってくれていて、それが何処かで引っ掛かっていた。どうしてそんなにも俺を優先してくれるのか、その理由は一つだった。咲季にとって俺は、小さくて弱々しい存在にしか見えていなかったんだ。それこそ咲季は俺の成長を望んでいない、ずっと弱いままでいてほしいと思っている。
都合の良い時だけ構いに来て、ただ甘やかして。頼りにされる優越感だけ味わって。
俺の好意さえ利用して、ヘラヘラと笑っている。夢のなかでさえ、この通りだ。
何が『まだ間に合うなら』、だ。根負けした彼氏が頭を下げてくるまでの、たんなる繋ぎにする腹積もりの癖に。
いつもの俺ならば、やっぱりなにも言えはしない。咲季が幸せそうならそれで良い、と都合の良い男でいてあげたろう。
でもこれは夢だ、だから俺も引き下がらない。
「ごめん。俺もう、高二だから」
いつまでも咲季の
もう守ってくれなくて良い、俺を助けてくれなくて良い。血も涙も流してやる、一人で歯を食いしばって歩んでやる。
だからこれ以上俺を苦しめるな、止めてくれ。
さすがは夢だ、都合の良い話になっている。咲季が出ていった直後に守屋さんが来るなんて、どんなタイミングだよ。それにいつもの髪型いつもの制服、わざわざ着替えてから見舞いに来るわけないし。
俺はやはり、この人が好きなんだろうな。自分勝手で好き勝手に生きてて、まるで咲季みたいなのに。……結局振り回されるのが性に合うんだろうか、どうやってもこの性分からは逃げられそうにない。
まあ、良いか。この人になら、振り回されたって構うまい。
フワフワした気持ちのまま、ふと思う。
これが夢ならば、何を言おうが誰も傷つけはしない。もし今俺が『好きです』と言ったら、守屋さんはどんな顔をするんだろう。
あきれて笑うのか、それとも真っ赤になったりするんだろうか。試してみるか、な。夢の恥は掻き捨てだ、どうせ夢なら好きなことをしてしまえ。
「そうだよ、守屋さんの事……」
告白が舌に飛び乗った、その刹那。
ゾワリと背筋が粟立ち、そして。般若のように美しい守屋さんの笑顔が不意に遠ざかり、急速に視界が融けていく。
ああ、どうしてこうなんだろう。幸せな夢というのは、丁度一番覚めてほしくない時に終わってしまう。
もしもこれが夢でなかったなら、どんなにか良かっただろう。