冬休みが終わり、いつもの日々が戻ってくる。まるで何も起きなかったように、するりと始業式はやって来た。
特に何を思うでもなく、とりたてて構えるでもなく。私の人生は、相変わらず平常運転だ。
そんな自分自身がなんだか不思議だけど、気分は悪くない。
過ぎた事はもう過去、記憶の底へと沈んでいくもの。
だからまあ、気にしなくて良い。
すれ違うクラスメイトたちにおはようを言いながら、そんな事を考えてみる。
一々こうやってほじくりかえしたって意味はないんだけど、なんとなく。
「おはよう、大喜」
「あぁ雛、おはよ」
――うん、別に他意も何も無い只の挨拶。それが自然にできている今はきっと、とても良い状況なんだ。
少し前の私が何よりも求めていた、そして結局手に入れられなかったささやかな願い。そこへと手を伸ばすのを止める、という決断をした事。それはきっと、間違ってはいない。多分、きっと。
これでやっと私たちは、友達に戻れたんだ。完膚なきまでに打ちのめされて、ようやく。
あの日流した涙も、溢れた慟哭も、嘘じゃない。でも優しい時の流れが、その傷を癒やしていく。望もうが望むまいが、摂理として。
同じ空間にいる事さえ辛かったのに、気が付けば普通に話せるようになっていた。
今でも好意は変わっていない、だけど燃えるような情熱は掻き消えてしまった。大喜は大事な友達、でもそれだけ。
それで良いんだ、私だって暇じゃない。正直言って、自分の事だけでも手一杯なんだから。三月には新体操高校選抜大会がある、余所見なんかしていられない。
世の中にはそういうのを両立させる天才もいるんだろうけど、私はそこまで凄くはない。大喜を好きで居続けたいからとズルズル堕ちていくなんて、そんなの自分で自分を許せなくなる。そういうのを含めて、向いてなかったんだな。
始業式も滞りなく終わり、今は自習という名目の自由時間。早々に帰っていくのもいれば提出前の課題を写しているのもいたり、午後からの部活に備えて昼寝したり皆好き勝手に過ごしている。
そんな中で生徒会の人に頼まれバド部の部長さんの所へと走っていく大喜の背を見送りながら、私は座ったまま息を吐く。
冬前に代替わりするのが運動部の常だから、今の部長さんは二年の人だろう。つまり、大喜が行くのは――。
「……ふむ」
ほんの少し前なら、ちょっと嫌な気持ちになっていただろう。大喜が千夏先輩のいる教室へと向かう、そんなのあの日の私にとって良いことでは無かったから。
今ならまあ、別にそうでもないんだけどね。大喜がバドに邁進して格好よくなっていくのも、千夏先輩のお陰なんだから。それに大喜がもし千夏先輩を好きにならなかったら、私は大喜を好きになっていなかったかもしれないんだし。あの夏祭りの事はあっても、仲の良い「友達」でしかなかっただろう。
こんな風に思えるのも進歩、かな。逆にあの頃は「どうして私が切っ掛けじゃないの」とか思ってたもんなぁ、不遜な事に。私のために頑張ってほしい、私のために輝いてほしい、――私のために私を好きになってほしい。何処までもワガママでしかなかった、上手く行くわけがなかった。
にしても、だ。なんだか大喜がイキイキして見えるのは若干気になるかな、若干ね若干。
初詣の時はあれこれ考えてたみたいだけど、何かあったんだろうか。千夏先輩と少しは進展したのかな、なんてね。
そう言えば去年の今頃だったかな、笠原くんと恋バナしてる大喜を見たのは。あれから私は波瀾万丈だった、大喜を好きだと自覚して、そこから告白してフラれたんだもん忙しいな私は。でも大喜も大喜で、相当大変な一年だった事だろう。なにしろ突然好きな人と同居だもん、私なら耐えられないな。
もしかして。もしかしたら、本当に――
まだ治りきっていない傷痕が少しだけ疼くのを感じながらも、私は動かない。ここで大喜を追いかけるほど、私は未練がましくないから。
良いじゃないか、二人が上手くいくならそれで。
いつか私は、また誰かを好きになる。その時に同じ轍を踏まないように、あの日の涙は忘れないでおこう。でももう、引き摺るのは止めだ。
さて、と。もう良い時間だし、そろそろお昼にでもしようかな。にいなちゃんと、あと菖蒲も誘おうか。
これからも楽しくすごそう、それが一番大事。私は私で、なんとかやっていくさ。