しかしまあ、ああいうのを正妻の余裕とか言うんだろうな。
バカ大喜が置き忘れていったスマホを机の上に戻しながら、こんな事考えている自分に少しだけ驚いてしまう。もし立場が逆だったら、私はあんな風に平生ではいられないだろう。大喜と付き合ってて電話を掛けたら千夏先輩が出た、なんて事になったらパニックになってもおかしくない。いくら同じ家にいたって他人のスマホだ、私が代わりにーとかはまず無い。ならばそれはきっと、私への鞘当てで。大喜はきっと、着信に気付けない状態で――って何を妄想しているんだ何を。
実際千夏先輩は私が出ても驚いた様子はなかった、少しガッカリした風ではあったけどさ。そこからシームレスに会話は流れ、言付けだけ預かって通話完了。動揺も嫉妬もない、私を元恋敵ではなく一個下の友人として扱ってくれた。まったく考えれば考える程に強敵だな、よくあれに挑んだよ去年の私はさ。
――そうだ、そうだよ。あれは文化祭の少し前、もう一年になるんだな。
千夏先輩は好い人で、誰かを傷付けたりしない。それがわかっているからこそ、あの日私は言ったのだ。『大喜に告白したんです』と。あの時点で千夏先輩が大喜に好感を抱いていたのは気付いていたけれど、その上で鞘当てに及んだ。先に手を出したのはこっちだから、邪魔をしないでくださいと。
大喜が好きなのは千夏先輩、でも私が押して押して押し切ればきっと大喜だって折れてくれる。そう願って、それでも。それでも大喜は、変わらなかった。
私を好きになるまでは返事なんかいらない、と逃げ続けた私は秋合宿でトドメを刺され、思い知らされた。自分の愚かさ醜さを、嫌になるくらいに。
その上悲劇のヒロインに酔って、菖蒲たちにも迷惑かけたな。なんだよ男の子紹介してって、無理に恋愛する必要なんか無いよ実際。
傷も癒えかけた進級直前になって二人が付き合いだしたと聞かされ、またちょっと胸が痛くなったりもした。
でもまあ、それは一時的なものだ。
今や私たちは友達に戻り、普通にバカを言い合えるようになっている。日にち薬とはよく言ったもんだ、過去も好意も消えないけれど私はすっかり立ち直った。て言うか色恋にかまけている暇はない、高校新体操界の頂点を目指すんだから。立て不死身の身体、不屈の闘志。戦う女蝶野雛、いつだって燃えているんだ。
「あ、……そっか、そろそろか」
ふと見上げた時計の針は、思ったよりも進んでいた。先輩と話してからしばらく回想に浸ってたけど、私にも予定はある。不肖の後輩から頼まれたんだ、是非劇を見に来てほしいと。
あのバカ――晴人はバカで失礼でバカだけど、悪いやつではない。頑張ってるみたいだし、応援くらいはしてやらないとね。二人で描き直したカキワリがどんな感じになったかも気になる、気になるけど……でもちょっと不安もある。名前で呼んでほしいとか、そんな事ばっか言うからなぁあのバカ。なんか最近調子乗ってるな、劇が終わったら激励ついでにシバいてやるか。一発後頭部に食らわしてやろう。
バッグ片手に控え室を出て、そう言えばと思い出す。去年の文化祭では私らも劇やったなぁ、白雪姫を。大喜が急遽ピンチヒッターで王子さまやって、くす玉が背中直撃して。もう懐かしいな、あの頃が。戻りたいとは思わないけど、楽しかった。
晴人のとこはどんな劇になるのやら、生暖かく見守ってやろう。……少し急いだ方が良いかもな、ノンビリしすぎた。
まああんまり必死になるのも格好付かないから、走ったりはしないけど。あとどうせなら向こうへ移動するついでに、もう一人のバカも見つけておきたい。
大喜のやつ、何処で何してんだか。千夏先輩を探しに行った筈なのに、全然会えてないみたいじゃないか。おまけにスマホも忘れていくし、バカにターボがかかってないかあの大バカは。
私の周りはバカばかりだな、まあ良いけど。バカに囲まれた青春も悪くないさ、多分きっとメイビー。