聞き捨てるには、あまりにもそれは重く。でも割り込んで問いただせる訳もなく、俺はただ踵を返すしかなかった。
頭のなかでグルグル回る、その言葉。『それはっ
……それは、それは。どういう事なんだ。未遂だとかなんだとかも聞こえた気がするけど、それも含めてどういう事なんだ。
大喜先輩は確かに、女バスの先輩と付き合っている。そして蝶野先輩とも仲が良い、よく一緒にいるし。ただその間柄は、俺には分からない。付き合ってた相手と別れてから、あんなに仲良く出来るとは思えない。キスはしたけどそれだけ、なんて酷い事をするタイプでも無いだろう。キスは特別なものなんだから。
じゃあ一体、何があったというんだ。
劇の最中も考えるのはそればかり、舞台に上がってなくてよかったな。大道具の俺はカキワリを支えながら、ただ思う。もしかしたら俺は、また負けてしまったんだろうか。
蝶野先輩はもしかして、まだ大喜先輩を好きなのかもしれない。女バスの先輩に先を越されても、気持ちは変えられないまま。
俺が好意を伝えようとすると嫌な顔をするのも、そのせいだったりするんだろうか。だとしたら、だとしたら――俺は一体なにやってんだろうな。
柊仁から逃げたと言われれば否定はしない、でもそれだけでも無いんだ。同じ学校にいたら結局本気ではやりあえないし、それに柊仁に勝ったって人にも興味があった。そいつがどんなヤツか知って、そして越えてやる。佐知川に勝ってインターハイも征して、そうすれば俺は『遊佐の弟』なんて呼ばれなくなるから。
仲良しこよしでなんかいなくていい、全員倒して俺が一番になる。それだけを考えていた、……んだけどな。色々とあって、それ以外の事も楽しもうと思えるようになってきた。
その中心にいたのは、蝶野先輩だ。最初はそれこそレオタ姿が印象的だから覚えてた、そのくらいの認識。でもあの
もっともっと強くなれば、隣に立てる程になれたなら。
俺はきっとあの人に、恋する事が出来るだろう。
……ま、それも叶わないかもしれないのだけれど。蝶野先輩のあの言葉は、自分に言い聞かせているのかもしれない。女バスの先輩に競り勝って大喜先輩の側にいたい、とかそんな風に。俺はただのカカシで、好意なんか無くて。そうなると俺は、俺は――……。
「劇良かったよ!舞台美術もご苦労さま!」
笑顔で労ってくれる蝶野先輩に、俺は曖昧な顔で生返事を返してしまう。あまり大きく口を開けば、余計な事を言ってしまいかねないから。
――大喜先輩の事、好きなんですか。キスしたって、本当ですか。
もし俺がこう尋ねたら、蝶野先輩はどんな顔をするだろう。いつものような驚き顔は絶対してくれない、心の底から軽蔑されてもおかしくはない。
でも、でも。いっそそうしてしまえば、俺は完全に嫌われてこの不安定な気持ちは消えてくれる。
それは逃げなのか、それとも決断なのか。考えれば考える程、頭の芯が揺れて言葉が出てこない。
秋の風は冷気を纏い、夕暮れの校舎を吹き抜けていく。頭を冷やせ、と言わんばかりに。
分かってるよ、そんなの。俺はバカだから、立ち止まる大事さはいやと言う程に知っている。
どうなるんだろうな、この先。小さく吐いた溜め息は、風に散って消えていった――。