言ったことは取り返しが付かない。
だからこそ迂闊に口を開くべきではない。
私はそれを痛いほど知っている筈なのに、どうして繰り返すのか。
仕事に向かいながら自分の不出来さを噛み締め、それでも前を向く。
ここで一々心折れていられる程、私は暇ではない。
傷を隠せ、取り繕え。私はするべき事を為せ、娘の為そして妻の為に。
いくら妻の親友の家とは言え、男子がいる家に住まわせる事に反対しないわけがない。千夏が海外移住を拒んだ事さえ、私は認められなかった。高校生の意地など大したものではない、大人がしっかりと向かい合えば
離れて暮らす娘の近況は聞けど、面と向かって話せたのは正月以来だ。その正月さえ父の都合で振り回されて終わった、何故妻と娘をつれて帰ってきた長男をああも便利に使おうとするのか。
「――あ」
そう言えばあの時、用事を終えて戻ってから聞いたな。千夏の
わざわざあんな遠くまで来る辺り既に付き合いだしていたのか、どうなのだろう。なんにせよ、あまり良いことではない。
千夏の為だ、彼処に住まわせ続ける訳にはいかない。例え妻に怒鳴られようと千夏本人に
人の気持ちがわからない人間だ、と何度言われたか。人情も愛情もない、機械と話しているようだと罵られた事もある。こんな私に懲りもせず接してくる妻のお陰で、少しは血が通ってきた気がする。勿論そんな有り様だから、他人の感情の機微などなかなか分からない。でも、それでも。
『それ、私を1番キズつける言葉だよ』
千夏のあの顔、そして僅かに崩れた声音。その意味は、知っている。深い絶望と怒り、そして――幻滅だ。
曲りなりにも大人である私からすれば、千夏の言い分は子供の我が儘に過ぎない。だが当人にとっては一大事であり、だからこそ私に打ち明けた。きっと分かってくれる、と信じて。……しかし私は親として、それを否定しなければならないのだ。
嫌な役回りだ、親というのは。嫌われ憎まれ、それでも我が子を守ろうとしてしまう。
全く以て、やれやれだ。
「……ふむ」
想定通りというか、予想を外れない娘の行動に溜め息を一つ吐く。学校が終わったら荷物を纏めてこっちへ来なさい、と言われて素直に来るとは思っていない。どうせ拗ねて籠るかいっそ暴れるか、と言ったところだろう。だからこそ迎えにいく手筈は整えてあるが、出来れば事を荒立てたくはない。一年半もうちの愚女を養ってくれた猪股さんたちに、これ以上迷惑をかけるわけにはいくまい。
穏便に済ませたいものだが、どうなるか。なにしろあれは妻に似て行動力があるから、予想を超えた面倒で厄介な事を仕出かす可能性も無くはないのだ。
あとはそう、大喜くんの方も何かしてくるかもしれない。……駆け落ちとかは流石に無いだろうが、無いと信じたいが……。
って何を考えているんだ私は。玄関の土間であれこれ悩み唸っている自分がちょっとだけ恥ずかしくなり、私は上がり框に腰を下ろした。
どうも私は千夏に関しては考えすぎる、良くない事にならないよう娘を連れ戻すだけの事なのに。
もしかしてこれが、男親のサガなるものなのか。周囲の男連中はよく話しているじゃないか、娘との関係が難しいと。こっちは力になりたい一心なのに、鬱陶しがられて寂しいとかなんとか。
こんなのが続くとこっちも辛いが、この先もっと悩まねばならない日も来るのだ。それこそ何年かしてあれが一人前になったら、私のところへ恋人を連れて来るかもしれない。
さて、そうなったら……どうしよう。構わないが一度だけ殴らせてくれ、とか気のきいた事を言えるだろうか。日頃は不器用を言い訳にして黙っている私も、まさかそんなときまで沈黙してはいられまい。
いかんいかん、これは良くない考えだ。でもいずれは向き合わねばならない、いつかは多分。
邪念を払おうと持ち上げたスマホには着信無し、これはやはり出向かねばならないな。
ああ、全く。親というのは大変なものだ、どうして私に勤まっているのか不思議でならない。