ああ、疲れた。
帰宅して着替える余力もないまま、私はベッドへと倒れ込む。開けっぱなしのドアの向こうから聞こえてくる、母さんのお小言も耳を通りすぎていく。『寝るんならシワになるから制服脱げ、っていつも言ってるでしょ渚!』か、……うん確かにそれはそうなんだよ。練習明けで汗臭いししシャワーも浴びたい、でも動く気がしない。むしろそっちから来い、寝てるから洗えー着替えさせれー。
……とは言えさすがに酷しいな、身体が持たない。でも練習を怠ればそこでアウトだ、頑張らねば。夏を不本意な結果で過ごした以上黙って引退なんか出来ない、この冬こそ勝って華々しく終わりたい。
しかし、だ。そうは思えどやっぱりキツい、力が足りない。昔ほど鍛練が身に付かなくなったのを実感してしまう、これが加齢か。そうだよなぁ、もう民法上は大人だもんなぁ。若者みたいにはいかないな、うん。ピチピチの一年生たちに比べたら、どうしたって体力は落ちている。それを技術と根性でカバーしてこそなんだろうけど、それが出来れば苦労はない。
同い年の上ブランクがある癖にあそこまで強い夢佳は、一体何で出来てるんだろう。それを言えば千夏さんもだけど、さ。
どこまで私らは千夏に頼りきりでいるつもりだったのか、そう痛感したのはあの県予選。部長が怪我でコートを離れた、それだけで栄明は総崩れになっていたのだ。勿論夢佳の怪物ぶりも大きかったけど、それ以上にうちは千夏のワンマンチームで有りすぎた。後半の夢佳は明らかにガス欠が近付いていて、あれを抑えきればチャンスはあったのに。
いくらなんでも不甲斐ない、それでも千夏は私たちを責めなかった。
戦えもせず負けても尚千夏は弱音を吐かないまま、前だけを見据えて私たちを引っ張っていく。
本当に、どこまで強いんだろう。足掛け10年バスケをやってる事自体が凄いのに、それを特別だとさえ思わず戦い続けている。
私たちには、いや私にはあそこまでの執念は無い。バスケが好きで、楽しくて、それでやっているだけなんだから。家の事情を蹴ってまでバスケを続ける気力はない、一回辞めて何年も経ってから戻ってくる勇気もない。
もし私が千夏の立場だったら、泣くなり暴れるなりはするだろうけど最終的には納得してしまう。だって仕方ないから。
もし私が夢佳の立場だったら、未練はあれどきっと気持ちに折り合いを付けて結局戻りはしない。だって仕方ないから。
そうならない時点でもう、あいつらは超人だ。
思えばあの連中に付き合って、もう高校生活も終盤戦に入っている。毎日学校行って部活して、そればかりだな。気分転換に愚弟をからかったりはするけど、あいつ最近は生意気に色気付きやがってなぁ。麗しのお姉様としては複雑だけど、まあそういう年頃なんだよねあのバカも。
考えてみれば世の中には楽しいことが溢れている、部内にも彼氏持ちが何人もいるんだ。
私だってそういうのを考えても良いんだけど、……良いんだろうけどさ。たまにあるんだ、絶好調の時が。
天才様たちが日常的に感じているであろう万能感が一瞬だけ身体を充たし、身体髪膚が全て思い通りになる瞬間。その時に放ったシュートは一点の澱みもなくゴールへと吸い込まれ、打ち込んだパスは針の穴を通す精確さで相方へと到達する。
一回それを体験したら、もう暫くは戻れない。話に聞く麻薬みたいなもんだ、もう一度もう一度とボールを追い、体育館を駆け回ってしまう。
あれより気持ちいいことがあるなら、そっちへ行くのも吝かではない。でもま、そうそう無いんだろうな。
それにいつだって、お楽しみはこれからだ。ウインターカップで一波乱ブチ上げて、最後の花道を気取るのも悪くない。
才能も執念も足りないかもしれない、だけどそれを理由に負けを認めるのは悔しい。せめて一矢報いてやらないと、死んでも死にきれやしない。いやまあ、死なないけどさ。
見てろよ天才ども、凡人の意地を見せてやる。