長引くと羽根への集中が切れる、つまりは結論を急ぎすぎている。どうにも柄じゃないのに、浮わついているんだろうか。
持てる技量を総動員して漸くスタートラインに立てる状態まで持ち込める、スロースターターの俺は辛抱強く耐えながら試合を進めていかなければならない。思えば去年の夏は、そこまで辿り着く前に力尽きてしまっていた。勝つために必要なのは基礎、足下の強さだ。走り込んでバドラケを振るって、とにかく愚直に頑張るしかないのに。
ああ、良くないな。こんなだから正月ボケなんて言われるんだ、本当に。
針生先輩の言う通り、インターハイまでなんてあっという間だ。春になって後輩が入ってくれば、先輩たちはそっちにかかりきりになる。頼るわけにはいかない、自分の事は自分でするしかなくなるだろう。気合いを入れ直さないと、これじゃダメだ。
――彼女ができたから弱くなった、なんてのは絶対に許されない。他の誰より、俺自身が俺を許せくなる。千夏先輩を言い訳に使うな、立ち上がって戦え。
それが出来ないなら、人を好きになる資格はない。好きになってもらう資格もない。
突き進め、俺。
千夏先輩は相変わらず、何を考えているのかいないのか分からない。じっとこっちを見ていたかと思えば、ふいっといなくなってしまったり。ひとつだけ確かなのは、千夏先輩と俺は互いを好きだと言う事。だからそう、これはきっと別に変な意味があるわけじゃない。
千夏先輩が虚空を見て動かないのはよくあること、突然思い立って考え無しに動くのもよくあることだ。
そこに余計な事をイメージしてしまうのは、俺がだらしないからに決まっている。だからこそふとした拍子に触れてしまいそうになったり、不埒な事を考えそうになってしまうんだ。
同居初日の夜、先輩は『安心した』と言ってくれた。いつも朝練で会う俺がいたことで、知らない家でも緊張しなくて済んだと。その気持ちを裏切るような事をするわけにはいかない、俺は千夏先輩を傷付けたくはないんだ。
恋人同士になったからって、それは変わらない。近づきたい触りたい、そんな気持ちは持つべきじゃない。少なくとも、今は。お互いにするべき事があって、目指す先もあるのだから。
でもいつか千夏先輩が、俺とそうなりたいと思ってくれたなら。お互いを支えあう、パートナーになり得たならば。その時には、きっと――許されるんだろう多分。
まだそういうのは分からないけど、さ。
少なくとも今の俺は、そういう願いを持つべきじゃない。
先輩がいる夏は、今年だけ。負けたからまた来年、なんて事は無い。去年のような負け方してたまるか、必ず遊佐くんに勝ってインターハイへ出なければ。いやそれだけで満足して終わる気でいちゃいけない、目指すは大きく全国制覇だ。夢を果たした姿を千夏先輩に見て欲しい、好きになってよかったと思って欲しい。
その為にも、俺は折れず曲がらず猪突猛進しよう。バカが考えたって仕方ない、黙って突っ込めばそれで良い。
千夏先輩を好きで居続けるために、好きで居続けて貰うために。
しかしまあ千夏先輩、花恋さんには打ち明ける気でいるのか。その路線で守屋マネや針生先輩に伝わると厄介なんだけど、とは言え俺も俺で勝手に匡へ話してしまった手前、こっちから固辞する訳にもいかないな。今までも相談してたらしいし大丈夫だとは思うけど、あの人もあの人で色々と大変な人だからなぁ。
しかし、だ。付き合いだしたこと、同居していること、その他周りに隠さないといけない話が多くて忙しい。忙しいけど、これはこれで楽しく思えてしまうのが不思議。考えるのが下手で悩むのも苦手な俺が、よくもまあこんな風に思えるもんだ。
もしかしたら俺は千夏先輩と一緒にいる事で、少しずつ変わりつつあるのかもしれない。千夏先輩がそれをどう捉えるかは、やっぱり分からないけど。
冷たい冬の風が吹き抜ける帰り道を歩きながら、ふと思う。来年の今ごろ、俺たちはどうなっているのかと。きっと俺も千夏先輩も、これから大きく変わっていくだろう。
願わくばそれが、良い方向でありますように。千夏先輩が笑顔でいられる、そんな未来が来て欲しいと俺は祈りながら足を速めた。