アオのハコSideB #101~   作:扇町グロシア

81 / 142
アオのハコ#180 「報わせてあげるんだ」SideB 手のかかる愛しい娘

 ――そんな揃いも揃って言わなくても良いだろうに。若者たちに面と向かって叱られては、おじさんちょっと堪える。

 そりゃあこれが終わりであって欲しくない、というのは分かる。しかし実際そうなる可能性は、正直低くないと思えるのだが。

 まあ言い訳じみた事を言っても怒らせるだけだ、私は一旦口を閉じた。黙るのは大切だ、話し合うことと同じくらいに。

 しかし守屋さんの娘さん達まで来ているのだな、うちの娘の試合を観に。

 この子達に千夏は、我が娘はどう見えているのだろう。

 集中が続かず飽きっぽい、でも大人の言う事はちゃんと聞くし役割は怠けない。そんな子だった筈の千夏は、今や真っ直ぐに前を見据え戦いに臨んでいる。

 それが本当に自分の意思なのかは、分からないのだけれど。

 

 

 千夏が物心つくより前に、妻はバスケットボールを買い与えていた。ボールの方が大きいような絵面に、苦笑したのを覚えている。

 それ以来一番身近なオモチャはそれで、子守りがわりに流れるのはプロチームの試合動画。いつだって千夏はバスケと共にいた。

 大きくなったら栄明に入れて私たちの跡を継がせたい、由紀子の子供が女の子だったら同じチームになれたのにな、とか笑って言う妻に――少しだけ不安を抱いた事もまた忘れようもない。

 夢を託すと言えば聞こえは良い、だがそれは本当に千夏の為なのだろうか。子供は親のスペアではない、本人が望む事を優先するべきではないか。

 そんな心配を他所に千夏はすくすくと大きくなり、他にやらせた事はすぐに投げ出したのにバスケットボールだけは手離さなかった。

 それは英才教育の賜物か、それとも。

 子供の夢は、親の手で作れる。それを私はよく知っているのだ、自身がそうだったから。どういう夢を持ち何を為すか、巧みに誘導された形だけの『良い子』は脆い。そうなって欲しくはないが、それでも千夏はバスケを自身の夢として掲げていたわけで。

 男親としては、折れるしかなかった。

 

 

 始まった試合後半、千夏と競り合っていたという夢佳という女子はベンチへ下がっている。それでも旗色は五分、一進一退が続いている。

 声を張り上げる事に馴れず拳を握るだけの私を尻目に、守屋姉妹もその友人らしい感じの男子もそして――大喜くんもまた声援を送っていた。

 娘の同居人であり恋人、という立場の彼と短い間ではあるが同棲して分かった。彼がどれほど千夏を大切に思っているか、千夏が彼を想っているか。この二人を引き離すのは私としても本意ではない、しかし大人としては反対するしかないのだ。

 子供は子供で精一杯生きていて、でも大人からすれば間違いだらけの危なっかしい道程にしか見えない。お節介と言われても、親である以上は世話を焼く責任がある。

 そう信じてきたし、そうするべきだと思う。

 だが、それでも。

 目の前にある光景に、一切の嘘偽りは見られない。

 切っ掛けがなんであれ正誤がどうであれ、うちの娘は絶死の覚悟で戦っている。そしてそれを支えているのは私でも妻でもなく、今私の隣にいる猪股くんなのだろう。

 ……全く、帰国してからは精神的にブン回されてばかりだな。時差ボケと二日酔いが抜けないまま娘から爆弾発言をぶつけられ、その日の夜には大喜くん自身が押し掛けてきて。慣れないジョギングさせられたり、数日いないだけで寂しさを覚えたり。お義父さんと呼ばれる毎日は、楽しくも忙しかった。千夏もこんな風に振り回されているのか、いや妻に似てマイペースだから逆に振り回しているのかも知れない。

 その内彼に「娘はくれてやるが一発だけ殴らせてくれ」と言う日が来るのだろう、いつになるのかは知らないが。

 まあそんなのは後で良い、今はするべき事がある。

 不肖の父として恥も外聞も捨て、ひたすら声援を送ろう。それが届くと、そして力になると信じて。

 千夏が過ごしてきた時間が、あの子の積み上げてきた全てが、報われるように。

 いつしか私は立ち上がり、力の限り声援を送っていた――。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。