歳の割には大人びて、落ち着いた聡明な子だと思っていた。泣き顔も笑顔も度を越す事はなく、自分の感情をしっかりと制御していると。
あの子は変わったのだろうか、と思いかけて自らの矮小さに気が付く。私が娘をちゃんと見ていなかった、それだけだ。
もっと向かい合っていれば、もっと早くあの顔を見られただろう。勝利を喜ぶ満面の笑みはきっと、今日が初めてではない。何年も前から、あの子はあんな顔で笑っていた筈だ。
思えば試合を観に行っても、声をあげて応援する事など無かった。中座して仕事の話に集中していても、最後に勝ち負けさえ見届ければ親としての責務を果たせているつもりになっていた。手の掛からない聞き分けの良い子だから一々見ていなくても良い、などと思ってしまったせいで私はずっと見損ねていたのだ。
まったく――嫌になるな、本当に。娘の勇姿を拝める最後の機会で、やっとこんな簡単な事に気が付くなんて。
溢れる涙を拭いながら、私は痛感する。どれだけ勘違いをして来たのだろう、どれだけあの子を傷つけてきただろう。
私の……私たちの自慢の娘は、それでも尚戦っている。自分が自分である為に。
千夏が日本に残ると言い出した時は、生きた心地がしなかった。そもそもあんな風に我を通す子ではないし、バスケにしたって妻の影響あっての事。親に歯向かってまで意地を張るようなタイプではないのに、どうしたものか。とりあえず妻の友人宅に預かってもらいはしたが、一つ下の男子がいると聞いて更に心配したものだ。
しかしそれでも、何処か嬉しかったのを覚えている。
子供のする事だから穴だらけとは言え、親から離れてなにかを成し遂げようとする気概が芽生えたのだ。尊重しなければ、などと思ったり思わなかったり。
そしてそれを後悔したのが、少し前。別にいつまでも純粋でいろとは言わないが、起き抜けに『大喜くんと付き合ってる』とか言い出すなんて。
まさかその状態で一つ屋根の下になんか置けない、親の強権と言われても連れていくのが筋だと思った。……のだが、まさかその当人が転がり込んでくるなんて。
降って湧いた同居に戸惑いながらも、千夏がバスケを蔑ろにして逃げたわけではない事は理解できた。それでも私はついさっきまで、ずっと悔やんでいたのだ。
何故子供の言うことを真に受けた、親として成すべき役割を放棄した。子供の裁量での正しさなんて、大人からすれば間違いだらけなのに。
インターハイも過ぎたしどうせここで終わりだ、試合が終わったら今度こそ連れ帰ろう。
そう、私は考えていた。私自身が間違っているなど、思いもせずに。
私が知らないうちに、千夏は想像を越えるほど成長していた。
私が目を背けていた間に、千夏はどんどん大人になっていく。
いずれは私の手を完全に離れ、一人で大きくなったような顔で飛び去っていくんだろう。
でもまだ、今はまだかろうじて――我が娘だ。だからこそ今まで出来なかった事をしよう、ちゃんと向き合って労おう。
そして、言わなければならない。ウインターカップ本選が終わるまでは、猪股家に住むことを認めると。一応はけじめだから区切りは付けさせる、それもまた親としての責務だ。
その先がどうなるかは、本人が決める事。どのみち大学進学後も猪股家においてもらうわけにはいかないのだ、それこそけじめの問題になる。相手方の好意に甘えすぎてはいけない。
しかしこの先もしかしたら、またお義父さんと呼ばれる日が来るかもしれない。だがそれこそそっちの勝手、好きにすれば良い。生憎と熨斗はつけてやらないが、持っていくのは自由だ。
さて、どうなることやら。なんにせよ私は父親として、見守る立場でいるとしよう。
千夏の人生は、そしてその幸福は千夏自身のものなのだから。