まったく、楽しそうな顔しちゃって。
慣れない競技にも果敢に挑むのは、向こうのコートに猪股くんがいるからなんだろう。すっかり上機嫌でまあ、肖りたいやら金借りたいやらってね。
真剣になったりのろけたり、忙しい事で。しかし体育館であんな風に笑う千夏さんを見たのは、久しぶりな気もするな。
私たちじゃあ、あれは引き出せない。千夏にとって私たちは、導くべき仲間だから。隣に立って同じ視点で前を見られる関係には、どうしたってなれない。そりゃ昔は私や夢佳がそのポジションにいられたけど、今はもう無理だ。
あんなにも人を変えるんだな、恋愛ってのはさ。
男子に対して苦手意識があるというか、そもそも興味がないから関わらない。我が栄明女子バスケ部員の大半が、多分そのスタンスだ。まあ私みたく、身内のバカを見ているせいで幻想を持ちようがないのもいるんだけどね。うちの愚弟と来たらバカな上に変にマセてて、姉としては正直扱いに困る。まさか私にまで不埒な欲求をぶつけやしないだろうな、もしそうなったら蹴り潰してやる。
まあそれはそれとして、だ。
その中でもぽややんとしていた千夏が男子のいる家に居候して、しかも付き合い出すなんて思わなかった。
一応公開したのはインハイ後の花火大会だけど、もっと前からそういう関係だったのだろう。いつの頃からか千夏は折れそうな位に自分を研ぎ澄ますのを止め、誰かを頼れるようになっていたから。
ひたすら歯を食い縛り、不安に押し潰されると丸くなって耐える。そんな必要はなくなった、寄り掛かる相手がいるんだもの。
もし猪股くんが同級生だったら、千夏は今よりも幸せだったかも。……留年させちゃおうかな、いや無理か。
すっかりお仕舞いまでゲームを見届け、私は千夏と共に帰路に着く。興奮冷めやらぬという顔の千夏は今日も幸せそう、交際も順調らしいし何よりだ。
前に聞いた話では、ウインターカップが終わるまで猪股家に住むのを許して貰えたらしいし。親御さんにしてみればすぐにでも連れ帰りたいだろうに、それでも譲歩を引き出した辺り流石だな。……流石だけど、そこが限界なんだよなぁ。
二人はその先一つ屋根の下にはいられないし、千夏が卒業してしまえば学校で会うことも無くなる。それを分かってるからこそ、こうやって元気にやっているんだろう。
距離が離れると気持ちにも影響するというし、何事もないと良いけど。
「――……あ」
そこまで考えて、ふと私は話の続きを思い出す。年明けから一人暮らしする、とか千夏が言っていた事を。
何でも如才なくこなすあの子の事だから、生活が破綻する事はないだろう。女子力はないけど生活力はあるのが私たち。サバイバルとは生きることその物であり、即ち人生そのものがサバイバル。強いぞ私たちは。
しかし、しかしだ。一人暮らしと言うのは一人きりと言うわけで、そうなると――不味いのではなかろうか。あの可愛い顔の猪股くんが宜しくない事をするとは思えないけど、千夏さんは……千夏さんだから何をやらかすか分からない。あれは一速と幻の七速しかない上ブレーキも付いてない暴走娘だ、だからこそ狂気に近いレベルでバスケに集中出来ていたのだけれど。
ほっとくとどうなるか、分かったもんじゃない。
これは一つ、釘を指しておくべきだろうかな。
でも変に意識させるのも良くないかもしれない、どうしたもんだろう。
……どうにもできないかな、うん。とりあえず私じゃ手に余る、こういうのは専門外。
それこそ二人で話し合ってどうにかしてください、私もう知らん。