――もうじき、か。千夏ちゃんがうちを出たら、お弁当は一人分減らすことになるんだな。
いつものように朝の後片付けをしながら、私はふと思ってしまう。たかだか二年間一緒にいただけなのに、まるで我が子を嫁に出すような心持ちだ。いやまあ、私は出される側しか経験ないけど。
「……大喜のお弁当も、あと一年ちょいなんだよね」
まさか大学生になってまで親の手弁当は求めまい、そうなると朝はだいぶ時間が空くな。それに弁当だけじゃない、いずれは本格的に巣立っていく。
やっと育てりゃ背中を向けて、一人旅立つ恩知らず……か。今ももう自分で大きくなったような顔するんだよね、少し前までおしめして私の背中で泣いてたくせに。
親になってもう大分になるけど、まだまだ分からない事だらけだ。て言うかそもそも大人になれてるのかな、私はさ。ちーママ……春架とバカやってた華のJK時代とあんまり変わってないんじゃないだろうか、そりゃ多少皺は寄ったけど。いつになったら物心付くんだか、その前に寿命が来そう。
こんな私が長々と人の親なんかやっていられるんだから、世の中言うほど捨てたもんじゃないな。拾ったもんでもないけど。
朝練するから今日から早く出る、と言い出したのがもう三年くらい前か。中学から始めたバドが二年になって軌道に乗ったという話は聞いたものの、苦手な早起きをして弁当作る身にもなってほしい。そんなこと言うわけにもいかないのが親なんだけど、ね。
股を痛めて産んだとは言え、それで即親の自覚が芽生える訳も無い。母性は勝手に湧くなんてのは昭和の幻想だ、そんな便利に出来てたら苦労はしないさ。どうすんだなんなんだとバタバタバタバタ駆け回り、笑って転んでnight&day。
そんな日々も、早いものでもうすぐ17年。可愛いだなんてもう何年も思ってないし言うこと一つ聞きやしない生意気な愚息ではあるけれども、それでも大事な子だと今はハッキリ言える。それだけでも成長だろう、私なりに。
こんな親でも子は育つ、ちょっと目を離すとムクムク大きくなっていて驚くばかり。
最近はもう、すっかり男子だもの。……多分まだバレてないと思ってるんだろうな、千夏ちゃんとの事。
二人が付き合いだしたと確信してから、じきに一年になる。大喜の誕生日に晩御飯を作りたい、と千夏ちゃんが言ってきたのがその契機。正月が終わってうちに戻って……いや
千夏ちゃんは春架の娘だから、押して押して押しきったんだろうな。あの女の家系はだいたいそんなだ、春架の母親も恋多き女だし。とは言え冬樹さんから受け継いだ聡明さもある千夏ちゃんは、考えなしには動かない筈。むしろそうであってくれ、私の立場的に。
そういう意味で問題があるとしたら大喜だな、父親似で奥手な癖して私に似てバカだから心配だなー……うん。まさかこの歳でお祖母さんにはなりたくないし、あれと親戚になるのもちょっと覚悟ができていない。
その辺釘を指しておくべきだろうか、でもなあ過干渉も良くないし。とりあえず今はまだ深夜に妙な物音もしないし、静観するか。
千夏ちゃんは一ヶ月もせずいなくなる、寂しくてもそれが取り決め。
大喜もその内去っていく、それを見送る日は、決して遠くない。
だからこそ、同じ家にいられる時間を大切にしよう。同じ時間は二度と来ない、無駄にせず生きようじゃないか。
さて台所仕事は終わったし一通り片したらもう一眠り、そしたらまた家事の続きだ。大人になってんだかなってないんだか分からないまま、これからも私はこうやって家族と共にこの家にいるだろう。
その内千夏ちゃんが「息子さんを私にください」とか挨拶に来たり、初孫の顔を見せに二人揃って帰ってくるかもしれない。その時が楽しみなような、怖いような。
まあそれまでには、立派な大人というものになっておきたいものだ。なれるものなら、だけどさ。
なんにせよ、本当の始まりはこれからだな。楽しめ楽しめ、この人生は波瀾万丈で――最高だ。