アオのハコSideB #101~   作:扇町グロシア

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アオのハコ#187 「そばにいてあげてね」SideB 立つ鳥跡を濁さず

 雪舞う十二月、気温は下がれど体育館は変わらず熱気に包まれている。

 我が栄明女子バスケ部もまた、燃えているのだ。もうあと三日、それで終わり。結果がどうあれ、ウインターカップを過ぎれば残っている三年生も全員引退する手はずになっていた。

 そんな大詰めの時期でも私の耳は数多くの音の中から、無意識に大喜くんの声を拾っている。一緒に暮らさなくなるだけ、会おうと思えばいつだって会えるのにどこか寂しさを覚えてしまう。

 しかしそれが心を大きく乱す事はない、むしろ自分が研ぎ澄まされていくくらいだ。

 バスケに出逢って、もう8年。人生の半分近くを共に過ごしたけれど、もうじきお別れだ。

 私は新しい道へと歩んでいく。

 きっとその隣には、大喜くんがいてくれる。

 もし大喜くんがいなかったら。孤独な朝練の日々を送っていたなら。

 きっと私は、とっくの昔に折れていただろう。

 

 お父さんの栄転で海外へ行く話が出たときは、嘆きはすれどもそこまで絶望はしなかった。当時の私は、そうなってしまっていたから。夢佳がいなくなり、バスケは習慣の一部ではあっても――そこまで執着するモノでもなくなっていた。だけど朝練でいつも一緒になる後輩のバド部員、大喜くんがいたからシャンとしていられたのだ。後輩の前で格好悪い姿は見せたくないし、あんなにも一途な頑張り屋が近くにいては怠けられない。

 そして大喜くんは思い出させてくれた、私の悔しさを。泣きながら練習を続けた、あの日を。私はバスケが大好きなのだ、という事を。

 そこからはもう力尽く、泣いてすがって歯茎を剥いて全力でお父さんを説得し、強引に日本へと残った私。まさか滞在先が、大喜くんの家になるとは思わなかったな。

 挫けそうになっても負けそうになっても、大喜くんは私を支えてくれた。

 私の人生を大喜くんが変えてくれた、多分良い方向へと。

 だから今度は私が――と思いはするけど、ねえ。さすがにそれは厳しいかな。大喜くんは気丈に歩んでいる、もうすっかり背丈も私を追い越したし。これからは朝練にも付き合えなくなる、というか後輩が萎縮するから止めろと渚に釘を刺されてしまった。……『引退したババァが毎日来てたら若い子の迷惑になるから控えなさい、そういうとこだぞ千夏さんや』、なんて酷い話だ。小姑かもしれないけどババァではないやい。

 ……そうだ、渚とも春になれば離れ離れになる。栄明に入って以来約6年の腐れ縁も、ここまでか。今のご時世連絡手段は幾らでもある、でもやはり物理的な距離は大きい。県外の農大に行くそうだけど、農業は数学なんだよね。理数系が苦手な渚がよく選んだな、うん。

 去っていった先輩方もそうだけど、部活という縁がなくなれば顔も合わせる機会がなくなるのが普通だ。そもそも一度あって別れずに済む人なんて、滅多にいない。考えてみれば、小学校の頃の友達は花恋以外に残っていないし。それもまた別れだったのに、今の今まで忘れていた。

 ここまで繋ぎ残してきた関係と、何処かで途切れてしまった関係。後者の方がずっと多い、だからこそ今を大切にしよう。

 繋いだ手の温もりを、忘れないように。

 

 薄く積もった雪を窓から見やりつつ、ホワイトボードの「3」を「2」に書き換えていく。

 明日の夕方にはこれが「1」になり、明後日……試合が終わったら「おめでとう」とかなんとか書かれることになるんだろうな。

 そしてそのあとはすっかり消され、後輩たちの為に使われる。何代も栄明女子バスケ部を見守ってきたこのボードは、現役部員が使うものなんだ。かつて卒業する先輩たちを労おうと書いた文字列は、当然今や影も形も無い。毎年ちゃんと綺麗に掃除して、まっさらな状態にしてから引き継ぐから。過去の残滓は無くて良い、志だけ受け止めてくれれば大丈夫。

 来年度再来年度、そしてその先。私を知る部員たちが一人もいなくなっても多分、これはみんなを見守り続ける。もしかしたら、私の子供がここにやって来ても、まだあるかもしれないな。

 私がどうなっても、どうあろうとも。

「――……ふぅ」

 ウインターカップまで残りわずか、感傷に浸ってはいられない。

 大喜くんが見に来るんだ、無様に散ってなるものか。夢佳の思いも背負ってる、渚たちと勝利の栄光を分かち合いたい。

 ああ、そうか。この絆が私の背骨で、心臓だ。それがある限り負ける気がしない、誰が相手だろうと引き下がらない。

 ――よし、当日は全力で暴れよう。一切合財撒き散らして、派手に終わらせてやる。

 勝っても負けても仲間たちと、そして大喜くんと笑いあえるように。

 

 

 

 

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