余計なことをしてくれた、とは言わない。言わないけど、今度会ったら嫌味の一つくらいは溢そう。
今日は12/24、月曜とは言え全国的にクリスマス。宗教ごった煮の日本では戦国時代に伝来して以来、酒呑みの口実にされてきたそうだけど、昭和中期以降は恋人の日扱いになっている。
それなのに我が愛しき人はかつてのライバルとバスケに夢中で、僕とのデートは片手間くらいにしか思っていない。
今日はこれからウインターカップ観戦で、午後になってようやく一緒に遊べる……かな、でも夢佳の事だから「ちょっと練習行ってくる」になる可能性が高い。
高校バスケを引退したとは言え、夢佳の熱が冷める事はきっともう二度とないのだ。消えない火をもたらしてくれた千夏さんと大喜くんには、多少文句を言っても許されると思う。
まあ、良いんだけどね。そもそも去年のクリスマスは夢佳と過ごせなかったんだから、荷物持ち兼財布としてでも同行させてくれるのは良いことだ。……ちょっとだけ寂しいけど、それは確かなこと。あんなにも熱く夢を語る希望に満ちた夢佳を側で見られるなんて、これ以上の果報はそうそう無いから。
斜に構えていると言うか、手負いの獣と言うか。以前の夢佳は一見すると何処か冷めて屈折して、……と言うより折れ曲がって拗れきった螺旋階段みたいな人だった。クラスの中では浮いていて、本人もそれを受け入れていたように見える。所詮たかだか三年の付き合いだから、と興味さえ持っていない感じで。
ただそれは、夢佳自身物凄く不器用なのを自覚していたからかもしれない。クールに見えて実はポンコツ、何度授業中に寝くたれて椅子から転げ落ち先生に呆れられたか数えきれないし、『親が離婚して引っ越したから』という理由があるのは分かるけど週に一度は帰り道で思いっきり迷ってオロオロしていたり。……行きは制服の群れを追えば着くけど帰りはそうもいかない、って言ってたけどそれはもうドジとかじゃない気がする。
そして夢佳の不器用さは、バスケに対してもそうだった。チラチラ練習を観てるからバスケ部の女子に入部を進められてたけど『今さら入って和を乱したくない』『鈍ってるから邪魔になる』と断りつつ、相手が引くと残念そうにしていたな。
要するに人付き合いが下手で一人が好きだけど根は寂しがり屋な人なのだ、そう分かったのは告白する少し前。ずっと同じクラスにいても接点は余り無く、でもいつのまにか好きになっていた頃。少しずつ熱を失っていく秋風の中、『どうせすぐ飽きるよ、やめとけ』なんて背を向けた夢佳は、折れてしまいそうな程儚く見えて――気が付けば抱き締めていた。そうでもしないと、このまま掻き消えてしまいそうで。
うんまあ当然全力で殴られたけどね、殺されるかと思った。しかしあんなにアクティブな夢佳はあの日まで見たこと無かったし、ある意味じゃあ良かったかな。
そこから紆余曲折を経て付き合いだし、毎日何度も殴られたり蹴られたり。元気で何よりだ、と思ってはいたけれどそれでも。
たまに見せる憂い顔は、僕では解決出来なかった。
去年の冬、中学時代の友人との仲を修復する手助けをしたのは、向こうの彼氏さんこと大喜くんであって僕じゃない。
悔しいことに、僕は夢佳を救えていないのだ。
それでも一緒にいてくれるのは有り難いけど、さ。
「おいコラ、変態メガネ。ボーッとしてんなよ目ぇ突くぞ」
ちょっと意識があっちへ行っていたのか、僕は夢佳に鼻を摘ままれて我に返る。いや目はやめて、二つしかないんだから。
なんだろうな、最近の僕は。夢佳が生き生きとして楽しんでくれているのは嬉しいはずなのに、子供みたいに寂しがって。
少しはしっかりしないとな、なんて小さく溜め息を吐いた――その瞬間。
「ぐぇ」
鳩尾に激痛を感じ、潰された蛙のような呻きが僕の口から漏れ、冬の空気に溶けていく。厚着をしていても貫手は効く、効きすぎる。筋肉で守れない所になんてことするんだ。
息を吐いたら人間弛緩するんだぞ酷いなこの人、僕じゃなかったら倒れてるぞ。
――と。
「アホ面してんなよ、今だけだから」
夢佳はそう呟くと、くるりと背中を向けて歩き出す。それに続きながら、僕はその言葉の意味を考えてみた。
そうか、そう言えばウインターカップは確か29日の金曜日までだと聞いたな、千夏さんの学校が勝ち進んで決勝まで行けば、そこまでは毎日行くだろう。で、それが終わってしまえば。
……終わってしまえば、どうするか。
夢佳は予定があくわけで、つまりは。
「あー……年末年始に家いると、色々鬱陶しいんだよ。大掃除やら買い出しやらさせられるし、明けたら明けたで親戚のご機嫌取りさせられるし。ほら、お前が暇なら……さ」
その声は少しだけ上擦って、短い髪の後ろ姿から覗く耳は少し赤く色付いているような。
これは、……これはもしかして。
そういうお誘い、なのだろうか。
だとしたら僕としても、覚悟を決めて向かい合わないと。
なんにせよ、もうじきだ。ウインターカップが終わり年を越せば、残りの高校生活も数ヵ月。そこで何が起こるか起こらないのか、神ならぬ僕には見当も付きはしない。
でも、だからこそ。こうして夢佳の背中を追う日々は、ずっとずっと続いてほしい。願わくばそれが、最期の時まで終わりませんように。
なんて浸りながら見上げた曇天の空には、僅かに雪が舞い始めていた――。
「い、言っとくけど……その、お泊まりだとかそんなんじゃなくてな! 家にいると面倒だから、どっか連れてけって意味でな!」
「…………………………うん…………うん!!」
「その不自然な間はなんだよ、ニヤニヤしやがって。煮えた鉛飲ませるぞ鳥の巣頭」
「さすがにそれは死ぬから止めて」