クリスマスの夜、女の子を拾った。   作:true177

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013 高校の一日が、再開した。

『ジリリリリリン!』

 

 目覚まし時計で、広海はたたき起こされた。セットした覚えのない耳元に移動していて、鼓膜が破れそうになった。

 

 何とか聴力破壊は防いだが、適当に手を振り下ろしてもストップボタンにヒットしてくれない。二度寝したいのに、うるさすぎて安眠できないと脳が嘆いている。

 

「ひろみー! おきるよー!」

 

 激しく体を揺さぶられては、つぶっていた目も開けるしかない。

 

 ピンク色の物体が、可愛らしくゆらゆらしていた。

 

「今日の朝は私と広海しかいないんだから、きちんと時間通りに起きて!」

「……今日、何かあったっけ……」

「がっこう!」

 

 やる気スイッチがオンになった。昨日の朝のことが、次々とアウトプットされて映像として流れる。

 

 ……幸紀と、高校に行く……。

 

 異性と登校する人の割合は、どれくらいだろうか。多めに見積もっても、五十パーセントはいかないのではないだろうか。二人カップルとなると、特にだ。

 

 同じ高校の制服を着て、何やら話をしながら道を歩いて行く。同性ならばありふれた光景であるが、異性になると急に色付いているように見えてくる。

 

「……起きる、起きるから……」

 

 布団をはがされ、仕方なく上体を起こした。昨日に幸紀と一日中いられたことで興奮し過ぎ、体はすっかり休眠モードのようである。持久走を走ってきたかのように重く、思ったように動いてくれない。

 

「和室で着替えてくるから、入らないでねー」

 

 やっとのことで広海が立ち上がったのを見て、幸紀はすぐに和室へと消えてしまった。

 

 ふと時計に目をやると、普段通りの時刻であった。このまま悠長にしていると、新学期初日から遅刻である。進級できないほど勉強ができないわけではないが、細かな減点の積み重ねが響いて万が一の事態になっては困る。

 

 ……本格的に、幸紀と暮らすことになったんだな……。

 

 これからは、いつでもどこでも幸紀がいる。アパートや寮を借りてどちらかが家から独立するまでは、このような朝が毎日続くのだろう。

 

 信じられるだろうか。消極的で外出も滅多にしない広海と、栄養不足で動く気力も無かった幸紀が、一つの屋根の下で共同生活をしているのだ。それに収まらず、通う高校も同じなのだ。

 

 作り話だと言われても納得してしまうようなことが起こっている。

 

 ……学校に登校するのって、こんなにワクワクすることだったかな……。

 

 憂鬱なイベントであるはずの授業も、気合で乗り切れそうな気がしてきた。ブースト効果と言うのだろうか。

 

 ……幸紀が入るクラスは、どこなんだろう。

 

 職員会議で幸紀の全てが決まるらしいので、広海が口を入れられる箇所は存在しない。通常クラス編入か、それとも特別学級か。普通科しかないこの高校では、どこかのクラスに配置されることを願うしかない。

 

 自己紹介の時、幸紀の経歴に疑問を持たれるかもしれない。それでも、持ち前のコミュニケーション力で片付けてしまうだろう。早くクラスに馴染んで、友達をたくさん作ってほしい。

 

 ……制服に着替えてから、一階に降りるかな……。

 

 広海のライフスタイルは、一旦朝食を食べてから洗面や着替えをするというもの。万一カスや汚れが制服に付くとよく悪目立ちするし、またその方が切り替えがつきやすいからだ。

 

 しかしながら、幸紀に『着替えて!』と怒られそうだ。だらしないことは把握されているため、間髪入れずに指示を受けそうである。

 

「……こんなにズボンって小さかったっけ」

 

 悲鳴を上げる体を意志の強さで動かし、ズボンを履こうとして気付いた。いつも締める位置までベルトを持ってこられなかったのだ。

 

 穴は複数個空いているため、仕方なく一段階緩めのところに固定具を通す。正月太りをするとどうなるかを表す模式図としてはぴったりだ。

 

 きっちり正装に着替えた広海は、まだ和室から出てこない幸紀を置いて一階へと足を進めた。しっかりしている彼女のことだ、そうそう遅れるようなことはしないだろう。

 

 着用済みのパジャマを洗濯機にホールインワンさせ、食卓へとやってきた。携帯しても食べられる菓子パンが二セットほど置かれてあった。どちらも量は同じで、選択の余地はない。

 

 ……どっちが大きい?

 

 それでも大きそうなものを取ろうとするのは、損得勘定を重視する広海だからである。改善していきたい考え方ではあるが、一日二日で消去できるほどのものではない。

 

 パンとにらめっこをしている内に、階段の方からドタバタと駆け下りてくる音がしてきた。

 

「……こんなものかな? どう、広海?」

「上着ないと、風邪ひくぞ?」

 

 カッターシャツだけで決めてきている幸紀だったが、その格好は春か夏によくみられる服装である。地球温暖化が進んでいる東京とは言え、一月上旬から上二枚で出歩きしている人を見たことが無い。

 

「後でとってくる。それよりー……、私にも選ばせてよ」

 

 広海が真剣に量を吟味していたのにつられて、幸紀は両方の菓子パンを手に取った。しきりに原材料名やカロリーを気にしているが、いくら眺めても印刷されている数字が変化することはない。

 

 ……何回おんなじことを確認してるんだか。

 

 袋の端だけを持って重さで判別しようとしているが、人間の感覚で一グラムが量れるわけがない。

 

 ついに諦めたか、それとも大きい方が見つかったのか、一方だけを手に取ったままもう一方を元あった位置に返した。

 

「……難しいよ……。広海、答え教えて?」

「間違い探しじゃないから。どっちもおんなじ」

「なぁーんだ」

 

 随分と拍子抜けた様子である。どちらかが大きかったら、幸紀はそちらを取っていたのだろうか。

 

「ほら、いただきますってちゃんと言わないと」

 

 袋を開封して早速かぶりつこうとした広海の肩を揺さぶって制止させた幸紀。

 

 ……幸紀が言える事じゃないだろ……。

 

 広海の一人ツッコミは、誰にも聞かれることなくこの世を去る。

 

「「いただきます」」

 

 手軽に食べられるようにと個包装になっているはずなのだが、広海と幸紀は律儀に椅子の上に着席していた。

 

 むしゃむしゃしている幸紀が、何でも高級料理を口にしたときのような満足げな顔をする。飽食の時代に飢餓にみまわれた少女の味覚は、味がするだけで満足するのかもしれない。

 

「……電車? それとも自転車?」

「歩いていけたら一番良かったんだけどな……。遠いから、電車だな。定期券買ってないから、今日は切符を買わないといけないけど」

 

 自転車通学だと、手持ちの無い幸紀は困ってしまう。二人乗りは法律で禁止だったはずなので、走っていくことになる。が、それで目的地の学校までつけるはずがない。

 

 定期券が無いのは幸紀だけで、当然広海は持っている。この定期券代と言うのもバカにならない。頭からすっぽり抜け落ちていたのでアルバイトで稼ぐ内容に入るかは不明だが、万単位ではアルバイトに入るのではなかろうか。

 

「電車、かぁ……。ほとんど乗ったことないなぁー……」

 

 電車の模型を初めて見た小学生のように、憧れの目をしている。

 

 電車に乗る機会が多いか少ないかは目的地までの距離による。中距離移動ならば自転車で事足りるし、北海道などの離島になると飛行機が主流になる。歩く圏内で完結してしまう人は、何も使わない。

 

 山の向こうの方などは、そもそも電車すら走っていない。電車が使えるのは、都市圏の専売特許と言ってもいいだろう。

 

「……電車は二十分に一本しか来ないから、乗り過ごしたら遅刻することだけは覚えといてな」

 

 ただ、山手線のような弾丸列車はこの外れの方に来ない。これでも田舎のペースよりはるかにいいのだが、乗り遅れることが致命傷になるのは変わらない。

 

「……飲み物、取って来てもいいのかな……」

「この家に住んでいいって言われてるんだから、遠慮……はしてもいいけど、取って来て良くないわけない」

「……それじゃ、失礼しまーす」

 

 幸紀は、冷蔵庫からお茶を取り出してきた。

 

 ……牛乳じゃないのかー……。

 

 それだけ牛乳が飲みたいのなら自分で持ってくればいい話なのだが、幸紀が持ってきてくれることを期待してしまった。

 

 朝食が和食かそれに準ずるものなら、お茶の方がいい。今日のように菓子パンの時は、牛乳がよく合う。広海の感覚はこうなのだが、個人差があるのは分かっている。

 

「広海の分も、入れとくよー?」

 

 コップを食器棚から二つ下ろし、なみなみと冷えた麦茶を注いでいく。

 

 ……せっかく入れてくれたものを突き返すなんて、失礼だよな……。

 

 今更『牛乳が良いからそこにコップを置いておいて』とは言えない。

 

「はい、どうぞー」

 

 ファミレスのウェイトレスの十倍もの愛想を持ったお茶を出されて、飲まないはずがなかった。

 

 ……パン生地にお茶は、やっぱり微妙だよなー。

 

 幸紀補正をかけてもどうにもならないほど、相性が悪い。もちろん面倒臭がって人にやらせようとした広海に非があるのだから、文句を言う先が無い。

 

 他方の幸紀はと言うと、パンをほおばったすぐ後に平気でお茶を流し込んでいる。

 

 ……人の感覚って、本当に分からないよな……。

 

 大多数の人が同じ意見を出す問題は、その答えが正解とされる。答えが分かれる問題でも、最多得票の選択肢が正答とされる。

 

 しかしそれだけを鵜呑みにすることは、少数派を切り捨てる事に繋がってしまう。

 

 ……幸紀は、たぶん何を取っても少数派になりそうだ。

 

 彼女の考え方は、長期間のサバイバル生活もあって常人の思考回路とは異なる部分がいくつもある。

 

 だから、何だというのだ。幸紀を尊重すればいいだけの話である。

 

「……そろそろ、行く時間かなー?」

 

 飲み終わったコップを一旦みずにつけておいたところで、体感的に家を出なければならない時間だと思った幸紀が玄関へと走っていった。

 

 ゆったりと雑談することがほとんどなかったので忘れていたが、時間が経つのは早い。広海も、後を追って玄関へと向かった。

 

 幸紀は、もう靴を履いて玄関のカギを開けていた。

 

「高校、どんな感じなのかな……」

「特段他の学校と見た目は変わらないと思うけどな……」

 

 高校をアニメに出てくる悪の組織の本部とでも想像しているのだろうか。校舎の基本的な構造は、小学校や中学校とあまり相違点は無い。

 

 幸紀がドアノブを外へ押し、跳ね返された反動で広海にすっぽりと収まった。

 

 ……何やってるんだか……。

 

 鍵は、上段と下段の二つある。上は外されているが、下はしっかりとロックがかかったままになっている。

 

 家庭によっても違いはあるが、広海の家では安全性重視で毎回二つのカギ穴を回すことになっているのだ。これで、防犯対策はバッチリである。

 

 気を取り直して、玄関の扉が開かれる。

 

 所々に積雲が浮かんでいるものの、青空が地平線の彼方まで広がっていた。朝焼けが東の空を燃やして、赤く輝いている。

 

 これだけ風景は素晴らしく写生大会日和なのだが、気温は低いまま。太陽の頑張りも虚しく、北風が体を冷やす。

 

 戸締りを確認して、広海が先導するように二人並んで歩き出した。

 

「……思ったより、寒くない……?」

 

 それは、体感温度によるものが大きい。体温の高い人は氷点下になっても半袖短パンで冬真っ盛りの街中を堂々と歩いているが、低い人は二桁でも着込む。

 

「……体温、どうなってるんだよ」

「……それは、広海自身が感じてみたら?」

 

 幸紀はニヤニヤして、広海の手を握った。外気が凍てつくような寒さなのとは正反対で、風呂に入っているかのような温かい手だった。

 

 ……あたたかい……。

 

 体温は、生まれつきなものもあるがそれ以外の要因も大きい。筋肉量の多い人は基礎体温が高くなり、逆は低くなる。

 

 幸紀にそのような筋肉があるとは思えない。恐らく、天性のものなのだろう。

 

「……どーう、あったかい?」

 

 肩を寄せて、吐息が広海に当たるところまで顔を近づけてきた。白い息が、霧散していく。

 

「……これでどうだ」

 

 意図的な行動であることは、いくらボーっとしている広海でも分かる。やられっぱなしでは、負けず嫌いの精神が廃る。

 

 宙に浮いていた左手を、握ってくれた幸紀の左手にかぶせた。

 

「つめたいっ……」

 

 体をビクッと震わせて手を反射で離そうとしたが、そんなことを許す訳が無い。これまでのお返しである。

 

「……つまり、温かかったけど、恥ずかしくて言えないからこんなことしてるんだー」

 

 はっとして、幸紀の左手を解放した。女の子の手を危険な目でつかんでいるのは、客観的にも心情的にも不味い。

 

 時すでに遅し、彼女の術中にハマっていた。多少のハプニングは予想済みだったのだ。

 

「ほーら、どんどん赤くなってるよ……?」

 

 頬を優しく突かれて、否が応でも幸紀を意識せざるを得なくなる。

 

 ……ただの同居人っていうだけなのに……。

 

 学校で気になっていた女子のことは、もう吹っ飛んでいた。阻んでいた障壁は、自力で全て取り除いた。幸紀を好きになるのに邪魔になるものは、もう何もなかった。

 

 じんわりと、顔が熱気を纏ったように感じた。血流が、顔に集中している。鏡が無いので自分の顔は見えないが、お酒を飲んだ大人の半分ほど紅潮していただろう。

 

「……広海、電車に遅れちゃうよ。早く行こ?」

 

 押すところは押すが、引くところは引く。押し引きがしっかりしているからこそ、人に好かれるのだろう。どちらか一方に偏ってしまうと、どうしてもしつこい奴だと認定されてしまうのでバランスを取るのは中々難しい。

 

 根は真面目で、赤信号などは決して渡らない。そうかと思うと、人をおだてるのが上手く、かと言ってお世辞ではなく本心から言っているので不快にならない。

 

 幸紀という人物は、唯一無二だ。代替は効かないのである。

 

「……あれ、駅じゃない?」

 

 彼女が指を差した先には、周辺にある家屋とは明らかに異質な建物の一角があった。間違いなく、駅舎である。

 

 広海が住んでいる地域で鉄道を使う人は少なく、最寄り駅は無人駅となっている。それではキセルし放題、と言うことも無く監視カメラはバッチリ取り付けられている。

 

「……お邪魔しまーす」

 

 人の家に上がる時のように、切符を手に持った幸紀が一礼して改札を通過した。広海は定期券を携帯しているので、大手を振ってフリーパスだ。

 

 通学時間と言うこともあり、広海たちの目的地である高校へと通学する同級生がホームにあふれていた。電車の編成が短いので、階段にまで待機中の人が押し出されている。

 

 永らく見なかったであろう時刻表をぐるりと見まわしていた幸紀に、制服の袖を引っ張られた。

 

「……乗る電車って、これ?」

「そうだけど」

 

 広海たちが乗るのは七時五十分発の四両編成である。

 

「今の時間って、四十九分だよね? 私が広海を起こしてなかったら……」

 

 幸紀の声を遮るかのように、電車の接近音がホームから聞こえてきた。

 

 ……遅れてたな。

 

 また、彼女に助けられてしまった。

 

「……まもなく、列車が参ります。離れてお待ちください……」

 

 レールの揺れる音とともに、振動が体を伝わってきた。

 

 幸紀は、高架化されている駅舎の窓からやってくる電車を見て、子供のようにはしゃいでいる。デジタル表示の行先案内か、圧倒的な速さか……。何にでも好奇心を持てる彼女が羨ましい。

 

「満員だろうから、乗れないかもなぁ……」

「何とかなる。いつも乗ってる俺が保障するから」

「……本当に? 約束してくれる?」

 

 幸紀が、小指を差し出した。肉のしっかりついていて、丸くて可愛らしかった。

 

 ……昔に戻ったような気分になるなぁー……。

 

 異性か同性かを気にせずに、誰とでも遊んだ幼稚園時代。ある時は砂山をつくって大盛り上がりし、派閥も無く平等だった。挫折を知らず、何にでもなれると思っていた。

 

 その時のことを、幸紀は思い出させてくれる。純粋な心を持っていたあの頃の自分は、何処へ行ってしまったのだろうか。

 

 ……もう、戻っては来ないけど。

 

 一度濃い色に染まった心は、もう透明に戻ることはない。が、薄めてそれに近い状態にする事はできる。

 

 幸紀が挫折を経験していないとは思わない。将来の夢どころか生理的な欲求以外を断たれ、わずかばかりの理性で欲求を抑えることにのみ奔走していたのだ。心が折れてもおかしくは無かった。

 

 ……幸紀と、どういった道を歩みたいんだろう。

 

 去年とは違い、幸紀が歩く道は広海と並行している。どうするかは、広海次第だ。

 

「ゆーびきーりげんまん……」

 

 広海は、幸紀と小指を結び合った。

 

「うーそつーいたら……」

 

 ……しょうもないこと、してるよな。

 

 電車に乗れるかどうかを約束している間があるなら、一センチでも前へ向かった方がいいに決まっている。

 

「はーりせーんぼんのーます……」

 

 ……それでも、幸紀とこうやっていられることが幸せなんだ……。

 

「ゆーびきった!」

 

 幸紀の顔は笑顔で、尖った犬歯がキラリと光っていた。

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